[後編]街が求めているものを創っていく。「HICRA.」「RUMCRA.」のオーナー 千葉潤一さんインタビュー

日本屈指の問屋街として江戸時代より栄えてきた浅草橋。

その街で生まれ育ち、波瀾万丈の人生を歩みながら、『ハイクラ』『ラムクラ』という、これまでになかった店をプロデュースし、新しい風を吹き込んでいる千葉潤一さんの経験に基づいた浅草橋ならではの魅力と、街の可能性に迫る——。

「地域で紡がれてきた文化を残す」という想い

初めて自分がやりたいと思ってつくった店『KUHNS BAR』は、自転車ファンの間でお馴染みの人気店となり、地域にも愛される存在となった。

オープンして10年経った昨年、千葉さんはネクストアクションとして近くにクラフトビールとハイボールの専門店『HICRA.』(ハイクラ)をつくった。

『ハイクラ』はお酒だけでなく、人気のアメリカンダイナーが監修する本格フードも好評。客層は幅広く、一人でも気軽に楽しめる気さくな雰囲気なので女性客も多い。

『ハイクラ』はお酒だけでなく、人気のアメリカンダイナーが監修する本格フードも好評。客層は幅広く、一人でも気軽に楽しめる気さくな雰囲気なので女性客も多い。

常時10タップのクラフトビールに加え、炭酸5種類、ウイスキー60種類の組み合わせで300種類のハイボールを“お客がカスタムで作れる”参加型のスタイルはすぐに話題となったが、この場所は、もともと地元の銀杏岡八幡神社の青年部の先輩が営んでいた魚屋だったという。

「地域の繋がりがあったからこそ、この場所で実現しました。というのも、八幡神社は毎年5月の終わりに小さなお祭りがあって、僕らが子どもの頃から毎年神輿を担いでいました。でも時代が変わって、いつからか大人神輿もあがらないくらい参加者が少なくなった」

昭和30年頃の銀杏岡八幡神社のお祭り。「バブル全盛期の頃は、神輿を担ぐと山のように玩具やお菓子が貰えたので、子どもたちから大人気でした」

昭和30年頃の銀杏岡八幡神社のお祭り。「バブル全盛期の頃は、神輿を担ぐと山のように玩具やお菓子が貰えたので、子どもたちから大人気でした」

このままでは自分たちが親しんだお祭りが途絶える。その危機感から地元の人たちとの結び付きを強めるため、地元の青年部に入ることにした。

「この辺りは、浅草の三社祭り、神田祭り、鳥越祭りと大きなお祭りがありますが、本当の東京のローカルのお祭りは、銀杏岡八幡神社のような地域に密着したお祭りなんです。その文化を継承し、後世に残して行く為には地元で暮らす自分たちが動くしかないんです」

その使命感と地に足のついた活動が実を結び、千葉さんが青年部に入って10年経った現在は、若い世代やリピーターが増え、貸し出し用の祭り半纏が足りなくなるほど人が増えたため、今年は足りない分を制作するくらい人気の祭りとなった。

神輿を先導する千葉さん。「この文化を自分の子どもたちに残すのが使命だと思っています」

神輿を先導する千葉さん。「この文化を自分の子どもたちに残すのが使命だと思っています」

「自分のエゴより、街の人が求めるものを」

そういった浅草橋ならではの人の気質は、「完全なお人好し」だと千葉さんは話す。

「この辺りは、うちも三代で150年くらいなんですが、100年単位で根を張っている一族がいっぱいいるんですが、外から来た人を快く受け入れて、とことん一緒に遊ぶ。そして、出て行く人に対してはさっぱりしていて追わない。『また、いつかおいで』って。それがリアルな“東京の田舎者”の姿なんです」

その地元の人が、街が求めるものを作っていきたい。

千葉さんは、その思いで今年7月にKUHNS BARの幕をいったん下ろし、『RUMCRA.』(ラムクラ)としてリニューアルした。

『ラムクラ』のロゴは、母方の家紋が使用されている。

『ラムクラ』のロゴは、母方の家紋が使用されている。

「ハイクラが平日でも外に溢れるくらい賑わっているのを見て、自分のエゴを満たすより、まずお客様が喜んで、なお且つスタッフも自分も楽しめる場をつくることが何より大事だと思ったんです」

『ハイクラ』の姉妹店である『ラムクラ』は10種類のクラフトビールに加え、世界中から集めた80種類のラムが楽しめる。さらに、そのラムと3種類のオーガニックミント、3種類の炭酸を組み合わせて720種類のモヒートがカスタマイズできる斬新なスタイルが、早くも注目を集めている。

インタビューは『ラムクラ』の店舗で行なわれた。カウンターだけでなくグループでも寛げるソファ席もあり、『ハイクラ』からハシゴするファンも少なくない。

インタビューは『ラムクラ』の店舗で行なわれた。カウンターだけでなくグループでも寛げるソファ席もあり、『ハイクラ』からハシゴするファンも少なくない。

新しい風を吹き込むフェスを仕掛ける

さらに千葉さんは4年前より、銀杏岡八幡神社の境内と周辺に浅草橋界隈の選りすぐりの飲食店が出店する食のイベント「アサクサバシフードフェス」を仕掛けている。

こちらは、もともと協和町会の会長から千葉さんに打診があって4年前にスタートした。

Facebookとポスターのみの宣伝にもかかわらず(※現在はInstagramも開設)、初年度は13店舗で1000食以上を売り、年を重ねるごとに動員も店舗数も増え、今では秋の定番イベントとなった。

第4回アサクサバシフードフェスティバル

第4回目の本年度は10月19日(土)11:00〜16:00で開催。浅草橋に居を構える店舗を中心に、多彩なフードとドリンクが満喫できる。詳細は上記画像をクリック。

千葉さんは、参加店の募集から、店舗への内容説明、ポスターデザインのディレクションや掲示、SNSでの告知に当日の割り振りまですべて一人で行なっている。

「地元のコミュニティがあるので魅力的な老舗が出店してくれて、新しく街にできた気鋭店も巻き込むことで新しい交流が生まれています」

「街の魅力を発信していく」という使命

その活動の原動力は、「浅草橋の魅力をもっと発信していきたいから」だと熱く語る。

浅草橋の魅力と言えば、まず思いつくのがアクセスの良さだろう。

「電車が2路線通っていて、新宿、浅草、銀座だけでなく羽田や成田まで一本で行ける。東京駅まで3駅で秋葉原も日本橋も自転車圏内。都内でこんなに利便性のいいところはなかなかないです」

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「浅草橋にもう1店舗、クラフトビール×○○○の店をプロデュースしたい」と千葉さんは意欲を燃やす。

「浅草橋にもう1店舗、クラフトビール×○○○の店をプロデュースしたい」と千葉さんは意欲を燃やす。

それだけではなく、リアルな下町情緒が残っていて、由緒正しき老舗と新鋭店といった個性溢れる個人店が混じり合う面白さがある。

「浅草橋は、駅前にバスロータリーがなく、チェーン店が長続きしない地域性だからこそ独自の発展を遂げた街。自戒を込めて言いますが、その魅力を街の人がどんどん発信していかないと、遠くない未来に、どこにでもある画一的な街になってしまう。どう面白くしていくかは自分たち次第なので、これからも“ここにしかない楽しさ”を仕掛けていきたいですね」

古き良き文化を守りながら、地域を巻き込み、新しい風を吹かせること。

街の未来を創る、その活動から今後も目が離せない。

文:藤谷 良介
写真:伊勢 新九朗