老若男女に愛される「昔ながらの洋食屋」は、街で暮らす人、働く人たちの日々を支える存在だ。
知る人ぞ知る「気まぐれキッチンIshibashi」も、そんな街に欠かせないお店の一つ。
前編では、名物である肉料理の魅力や食材へのこだわり、店主・石橋徹さんの半生についてうかがった。
浅草橋の胃袋を支える洋食店「気まぐれキッチンIshibashi」店主・石橋徹さんインタビュー後編では“気まぐれ”の秘密と多彩な一品料理の遊び心、そして浅草橋への思いを聞いた。
「言ってくれたら、美味しいものつくるから」
一般的に料理屋で“気まぐれ”は、昔よくあった「シェフも気まぐれサラダ」のように料理人や仕入れの都合によるものだ。日替わり、週替わり料理もしかり。
だが、石橋さんのスタンスは「お客さんが」気まぐれで楽しめる店。
「マスター、いついつ行くから海老グラタンが食べたい」
そんな電話があったら、海老の頭のオイルからアメリケーヌソースを仕込み、コク深い海老グラタンを作る。
「今度ピザが食べたいなぁ」
そんなリクエストがあれば、生地からこねて専門店顔負けの本格ピザを焼く。
どちらもメニューにはない。
「言ってくれたら美味しいものつくるからって常連さんには言ってるんです」
自分のこだわりを押しつけるような店が当たり前の都内で、こんな安心感のある言葉が聞けるだろうか。
しかも、それらひとつひとつが「正月料理の黒豆を1週間かけて炊いていた」昔気質の真摯な料理人による丁寧な料理となれば、途中下車して通うファンが少なくないのも納得できる。
ひと手間加えた多彩な一品メニューの魅力
定番メニューは、前編で紹介したハンバーグやポークソテーのほか、チキンカツや海老フライ、メンチコロッケ、オムレツといったスタンダードな洋食が揃うが、一品メニューが豊富なこともあって、夜はお酒とともに楽しむ人が多いという。
まだ胃袋に余裕があったので「マスターおまかせ」を追加オーダーした。
供されたのは、味噌のコクにカレーのスパイス感を加えた「サバ味噌カレー煮」、ごぼうと人参を炊いて観音開きにした鶏もも肉で巻いた「鳥八幡巻」、ワイン一直線の「自家製スモークチーズ」「クリームチーズかす漬」の3種。
どれもひと手間、ふた手間加えられた手仕込みで、遊び心のある和洋折衷の組み合わせが面白い。
他にも店内に貼られたメニューを見ると「生のりカルボナーラ」や「若鮎のコンフィ」、「鯛めしおにぎり」、「牛舌パイ包み焼」などメニュー名を見るだけで食欲が刺激される料理ばかりだ。
お客さんたちの「美味しい食卓」を楽しむ
石橋さんに、店をやっていて一番うれしい時を聞いた。
「やっぱりお客さんの『美味しかった』って言葉には勝てないね。それだけでこっちのお腹がいっぱいになるよ」
その土台には、最初の修行で親方から言われた「ゼロから作れないやつが出来合いのものを使うな」という教えを忠実に守り続けてきた料理人の矜持がある。
そして、何より石橋さんに料理の話を聞いていると、お客さんの方を向いて自分が楽しんでいるのがひしひしと伝わってくる。
こんな贅沢な“食卓”がすぐ近くにあるなんて、浅草橋人や在勤の人が心底羨ましくなった。
「支えてくれる人たちの為に続けていきます」
「気まぐれキッチンIshibashi」では、昨今の新型コロナウィルスの影響で、テイクアウトやデリバリーも始めた。こちらも勿論、お店の味、ボリュームがそのまま堪能できるとあって、好評なのもうなずける。
縁もゆかりもない浅草橋で商いをはじめた石橋さんに、この街の魅力を聞いた。
「問屋街で週に一度は通う合羽橋も入れると、料理道具がなんでも揃うのが魅力的だし、なにより人がやさしいこと。地元の人も外から食べに来る人もね。そういった人たちに日々支えられてるから、これからもこの街で美味しい料理を作り続けられるようにがんばるよ」
街に欠かせなくなった洋食屋は、今日も明日も、いつまでも浅草橋の胃袋を満たし続けるだろう。
文:藤谷 良介
写真:伊勢 新九朗
【店舗情報】
気まぐれキッチンIshibashi
住所:東京都台東区浅草橋1-20-1
営業:11:30〜14:00(L.O.)、17:30〜24:00
定休日:日曜・祝日