江戸時代から令和へ。8代目が語る日本屈指の老舗人形店「久月」のあゆみ 専務取締役・横山久俊さんインタビュー

問屋街として知られる一方“人形のまち”とも称される浅草橋。その由縁ともなっているお店のひとつが『人形メーカーとしての認知度日本一』の老舗「人形の久月」です。

今回は、駅前にビルを構える本店にて、8代目当主にあたる専務取締役・横山さんにインタビュー。お店の歴史、日本人形のトリビア、今後の展望などを、たっぷりうかがってきました。

見て、買って、作って……大人も子どもも楽しめる人形のテーマパーク「久月」

個性豊かな歴代当主たちが紡いできた、業界トップクラスの人形メーカー

「我が家は代々、久月の立派な人形を孫に渡すことが習わしだった」「今年娘のために久月の雛人形を買ったばかり」「日本人形は久月でしか買ったことがない」――取材にうかがう前、知人たちに久月のことをたずねると、そんな返答が返ってきました。

『人形といえば久月』。人々がそう唱えるように、日本では子どもの頃から久月の人形に親しんできた人が大勢居ます。

「それはありがたい限りですね。というのも、我が社で最も親しまれているのは、雛人形や五月人形、羽子板や破魔弓といった“節句人形”なのです。節句とはその名の通り、旧暦に基づいた季節の節目のこと。その折々に、子どもの成長をお祝いしていただきたいと願って人形を販売しています」

今回取材に応じてくれたのは、会社の8代目にあたる専務取締役の横山久俊さん。どんな質問にも、分かりやすく優しく解説を行なっていただきました。

前述の通り、久月といえば節句人形が有名。取材時は、お子さまが初めて迎える初正月に飾る破魔弓や羽子板がフロアを席巻していました。

奥へ進むと、通年販売されているという日本人形がずらりとお目見え。こちらも、品揃えは圧巻の一言です。

「久月」の創業は天保6年(1835年)。初代・横山久左衛門氏が『人形師・久月』の表札を掲げたことから、その歴史がスタートしました。

「ものづくりが好きで芸術家肌だった初代に対し、2代目となった久兵衛は商人としての才能に恵まれた人物だったと伝えられています。3代目・久兵衛は玩具の大問屋に奉公先で出世し『吉野家久兵衛』という名で人形問屋を開業。4代目の久兵衛は再び『久月』の屋号を復活させ、5代目・正三は社屋を大きくしたり海外への進出に邁進するなど、事業拡大に奔走したそうです」

「ちなみにお店のシンボルにもなっている金字の大看板は、5代目の時代につくられたそうです。そして現在のビルが完成したのは6代目・華九郎の時代。現在は、父である7代当主・久吉郎が社長となり会社を守っています」

8代目当主にあたる横山さんは、大学卒業後に大手銀行に就職。そこでは中小企業の経営者とお話をする機会が多く、久月を引き継ぐにあたっての大切な心得を学んだそうです。

「人形の製造・販売には、とても多くの人が関わっています。その人たちと良好な関係を築くためには円滑なコミュニケーションが必須。そのノウハウを、銀行員時代に教えてもらいました」

創業から185年。個性豊かな歴代当主たちの手腕によって、「久月」は全国区の人気人形メーカーへと発展したのです。

市松人形の髪は伸びない!人形にまつわるエトセトラ

人形はもともと、持ち主に代わって災厄を引き受けてくれる神聖な存在として崇められていました。それが長じて、子どものお祝い事、結婚などの慶事の際に「送り主に災難が降り掛かりませんように」という願いを込めてプレゼントする、という風習が根付いたそうです。

やがて時代を経ていくうちに、人形は子どもの玩具として親しまれるようになりました。

雛人形は、子どもの無病息災を祈るための存在であるとともに、子どもに宮廷文化やマナーを教えるために用いられていたといいます。

昔から「雛人形をしまい忘れると婚期が遅れる」といわれていますが、あれは「片付けがちゃんとできないと嫁ぎ先で苦労するよ」というメッセージを子どもに分かりやすく伝えるための、昔の人の知恵から生まれた逸話だったのです。

市松人形も、子どもが着付けの作法を覚えるための、いわば“元祖着せ替え人形”。

「よく『市松人形の髪が伸びる』という噂を耳にしますよね。あれは、単純に経年劣化で髪が少しずつ抜けていくのを錯覚しているだけなので、実際に髪が伸びるということはありません」

まことしやかに囁かれている都市伝説の真相が分かりほっとひと息。さらに、もうひとつ「人形の表情が変わる」という噂についても解説していただきました。

「それもありえません。ただ、良い人形というのは角度や見る人の心情によって“表情が異なって見える”ようなつくりになっています。能面も、角度によって笑っていたり泣いていたり表情が変化しますよね。日本人形は能や歌舞伎の技法や伝統も深く関わっているので、似たような現象が起こるのです。また、人形には作り手や送り主、そして持ち主と、たくさんの人々の想いが込められています。そのため、神聖なものであるとともに畏怖を感じることもあるのかもしれませんね」

長年抱いていた謎が解けてすっきりしたとともに、人形という存在がこれまで以上に尊いものに感じられました。

時代の変化に応じ、現代人に寄り添った人形づくりを

伝統的な製法は守りつつ、「久月」では現代のニーズに沿った作品づくりを行なっています。

特に大きく変化しているのが人形のお顔。昔は切れ長の気品溢れるお顔立ちが人気でしたが、いまはぱっちりとした目の可愛らしいビジュアルも子どもたちから支持を得ているようです。

雛人形も、豪華絢爛なものからスタイリッシュなものまでバリエーション豊か。現代の家族構成や家屋のスタイルに合わせ、革新的な雛人形を続々と生み出しています。

また、新たな試みとして“セミオーダー”の雛人形や五月人形の受注も開始。衣裳やお顔、屏風などを選ぶことで、オリジナリティ溢れる人形をつくることができます。

組み合わせは、五月人形だと11,664通り、雛人形なら、なんと27,000通りの中からセレクト可能。家族皆で節句を楽しめるようにと、さまざまな工夫を凝らしてくれているのです。

お人形を選ぶ際のコツもうかがいました。

「我が社で扱う人形は、熟練の職人が手を施したものばかり。なので、すべての品質に自信があります。その上で大切にしていただきたいのが、人形を見たときの第一印象。お好みのお顔、フォルム、衣裳を選ぶことで、長年に渡って親しんでもらえると考えています」

ちなみに筆者のお気に入りは写真のお人形。赴きあるコロンとしたお顔がとってもタイプで、運命さえ感じるほど心を惹かれました……。

店内には、人形のみならず、ぬいぐるみや日本らしい小物も充実。

どんなものに出合えるかは別の記事で詳しくレポートしますので、そちらを参考に、ふらりとお店をおとずれてみてはいかがでしょうか♪

「ありがたいことに、我が社は近隣の人形メーカーさんとも友好的な関係を築いてきました。“人形のまち”として認知されているのは、そういった関係性もあるからなのかな、と思います。私たちは代々人形屋として歴史を育んできたので、これからもそのあゆみを活かしつつ街に貢献できればうれしいですね」

革新的でありながら“和”の心を重んじる――久月が長年に渡り愛されてきた理由を、ほんの少しながら学べたような気がしました。

久月公式ページ

撮影/伊勢 新九朗
取材・文/牧 五百音

見て、買って、作って……大人も子どもも楽しめる人形のテーマパーク「久月」