創業310年!人形史に名を刻む老舗「吉德」の魅力を深堀りする

かつて、江戸時代には「浅草見附」と呼ばれたエリアにあり、浅草寺までの参道だった江戸通りにある「吉德」は、浅草橋を代表する老舗であり、日本の人形史の発展に貢献してきた存在だ。

前編では、2021年で創業310年を迎えた知られざる歴史や守り続けている美学、そして、浅草橋への思いを当代の十二世・山田德兵衞さんにうかがった。

創業310年!人形史に名を刻む老舗「吉德」の魅力を深堀りする

後編では、専門店ならではの品揃えを誇る店舗レポートと稀少な資料「吉德これくしょん」の展示をお届けする。

専門店ならではの豊富な品揃え

「吉德」の二大看板といえば、言わずもがな雛人形と五月人形。
そのフロアに訪れると、整然と並べられた人形の豊富さに圧倒される。

「吉德大光(たいこう)」は吉德のオリジナルブランド

「人形は顔がいのち」
江戸で最古の人形店「吉德」のキャッチフレーズを如実に表しているのが雛人形だ。
切れ長の美しい瞳とおだやかな表情は、女の子の誕生を祝うとともに、美しく優しく育つことを願う
トラディショナルな雛祭りを華麗に彩ってくれる。

男雛と女雛の一対を飾る「親王飾り」や飾り台となる箱の中にお人形やお道具をすべて収納できる「収納飾り」、人形や道具がすべてガラスやアクリル製ケースの中に固定された、出し入れしやすい「ケース飾り」など、
姿形だけでなく衣裳や屏風、道具の細部に至るまでこだわった色彩豊かな人形は、眺めているだけで和やかな気持ちになる。

花びらが開くように女雛の袖や裾が色鮮やかに広がる小三五親王飾り「花かさね」

女流作家の繊細な感性が宿った作品や桜をモチーフに幻想的な〝みやび〟の世界を表現した「春彩シリーズ」、徳川家にちなんだ人形といった個性豊かなラインナップが目を引くが、クラシカルな輝きを放っているのが段飾りだ。

その中でも「能楽鶴亀雛」の豪華絢爛な情景には目を奪われる。

こちらは、古来より長寿を象徴する鶴と亀が天子の御膳で新春を寿ぎ、中央の段で舞を披露する能舞台をひな壇に配した「鶴亀雛」。
人形の衣裳には伝統文様の艶やかな金襴を使用している。

京六番親王 七寸 十七人揃い「能楽鶴亀雛」

一方、端午の節句に男の子の健やかな成長と幸せを祈って飾る五月人形も、多彩に揃っている。
「吉德」に屋号を授けた徳川家にちなみ、家康公の甲冑を再現した「徳川大御所飾り」や伝統工芸士が平安、鎌倉時代の現存の国宝等を模写縮小してつくった「和紙小札シリーズ」、豪壮で優雅な「京甲冑」、関東を中心に活躍する作家による「名匠シリーズ」など、熟練の匠技が冴え渡った作品群は見惚れるほど。

何事にも屈しない男をイメージした「剛毅」シリーズなど

五月人形の中でも、最も豪華な「鎧飾り」から利便性の高い「収納飾り」「ケース飾り」まで様々なタイプがあるのもうれしい。

雛人形、五月人形を選ぶ時のポイントを指南

節句は奈良、平安の頃から受け継がれてきた日本ならではの伝統行事だが、いざ専門店で買おうと思っても「何を買ったらいいか分からない……」「敷居が高くて入りづらい……」。そう悩む方のために、広報室の平沢真さんに事前の準備から選び方まで教えていただいた。

事前に飾る場所をイメージ

「雛人形も五月人形も大小様々なサイズや多彩なデザインがあるので、まず飾るスペースをイメージします。
その際のポイントとなるのは陽当たり。明るい場所の方がよく見えますが、直射日光が当たる場所に設置すると、衣裳の変色や退色の原因になるので避けた方が無難です」
雛人形は、1年のうち約11カ月は収納するものなので、直射日光が当たらず湿気の少ない収納スペースも確保しておくといいとか。

真田幸村公 鎧飾り。ケース入りは埃が付きにくく、出し入れの手間もかからない

サイズにあたりをつける

そして、売場に訪れたら、飾るスペースの広さに合わせてお人形のサイズや種類を決める。
「たとえば1~2月の最も品揃えが豊富な時期は、1階から3階まですべて雛人形のフロアになっていたりするので、事前にイメージしたスペースからサイズなど、絞っていかないと目移りして決めにくくなります。
今は間口(横幅)75~80cm程度のサイズが売れていますが、現代の住宅事情にもあった60cm〜70cmの比較的小さいサイズもあるので、選択肢は豊富ですよ」

小さいサイズのお人形を用いた、収納箱飾り。こちらは間口60cm

最後は感性で選ぶ

人形にはタイプがあり、たとえば、雛人形には、木材やワラを組んでつくった胴体に手足を取り付け、華やかな衣裳を着せて頭(かしら)を付けた「衣裳着人形」。桐の木を細かく砕いて粉末にし粘土状「桐塑(とうそ)」で造形した胴に、衣裳となる布をかぶせた「木目込(きめこみ)人形」の2種類がある。

「一般的な雛人形は衣裳着人形でみやびな顔立ちと華やかな衣裳が魅力です。一方で木目込人形は造形的な仕上がりが特徴。
そういったタイプだけでなく淡い色や煌びやかな色使い、シックな雰囲気、顔立ちなど、弊店は、他にはない専門店ならではの品揃えなので、ぜひお店で見て感性に響くお人形を選んでください。五月人形は、好きな戦国武将で選ぶ方も多いです」

凛々しく、チャーミングな鎧着大将飾り

「吉德」で揃えているのはオリジナルのみ。
ほかにはない個性と圧倒的な品揃えが魅力的だが、雛人形が最も豊富に揃うのは、デパートより早い年明けすぐだとか。人気がある人形から売れていくので、まずはお店に訪れたい。

「何も決めずに来られてもスタッフがご説明しますので、お気軽に足を運んでみてください」

日本人形や雑貨、ぬいぐるみも取り揃う

また、雛人形と五月人形だけでなく、伝統的な日本人形も取り扱っている。
日本女性の奥ゆかしい美を表現した「おやま人形」、京織物、京刺繡の衣裳に身を包んだ「京人形」、素焼きに彩色を施した福岡県特産の土人形である「博多人形」など、そのラインナップは専門店ならではだ。また、江戸中期に人気のあった歌舞伎役者、佐野川市松の似顔の人形が大変流行したことに由来する、市松人形も並んでいる。

思わず目をひくクリスタルガラスをあしらった市松人形

さらに、江戸通りに面した1階では、節句品の販売以外の時期は、夏には和紙の扇子や提灯、秋冬は羽子板といった季節の小物や往年のキャラクターが揃うぬいぐるみや和雑貨、玩具なども販売している。

取材時(2021年7月中旬)の1階の様子。取り扱い商品で季節を感じる

知的好奇心を満たす「吉德資料室」の魅力

吉德の魅力は人形の販売だけではない。ぜひ、訪れて欲しいのが4階の「吉德資料室」だ。

4階の「吉德資料室」。観覧時間10:00〜17:00。本店休業日、展示替期間は閉室

ここでは、人形業界の重鎮であり、日本における人形玩具研究の第一人者である十世が研究資料として収集した品々を母体とした「吉德これくしょん」の一部を無料展示している資料室だ。十世が遺した数ある著作の中でも『日本人形史』、および『新編 日本人形史』は初めて人形を学術的に系統づけた名著として、現在も研究者のバイブルとされている。

昭和8年に日満親善人形使節団として十世(溥儀より右に2人目)は満州を訪れ、当時の満州国執政で後の満州国皇帝の溥儀(中央)にやまと人形を贈った

「吉德これくしょん」は、日本人形の祖形と呼ばれる「祓いのひとがた」や人形工芸の極地と称される江戸期の「御所人形」、人形や玩具が描かれた浮世絵などの貴重な文献資料も含め数千点。その中から日本の人形史を考察する上で欠かせない文献や江戸東京の歴史資料などの和書581件、一枚刷237件、芝居番付類800件が台東区の有形民俗文化財として登録されている。

取材時(2021年7月中旬)に開催されていたのは「創業三百十年記念 吉德これくしょん名品展」(現在は終了)。
かつて、吉德が商品として扱った人形や、前編で紹介した青い目の人形事業など、十世が世話役を務めた日米親善人形交流の資料、貴重な浅草橋の資料まで選りすぐりの名品を展示していた。

寄贈された大正時代の青い目の人形「エセルアルワ」(右)と返礼としてアメリカに贈った「答礼人形」(中央)

展示は時期によって異なり、年末は羽子板、新春はお雛様、五月飾り展が毎年恒例で開催され、それ以降から秋までは名品展や作家などテーマごとに企画展が行われている。次回の展示は2021年9月10日からはじまる「吉德のぬいぐるみ65周年記念展」(11月14日終了)。65周年を迎えた「吉德 ぬいぐるみ事業部」の歩みを、時代を彩ってきた数々のぬいぐるみや当時の貴重な資料といった約100点の展示で振り返る。

浅草橋散策の際には、日本の伝統文化に触れられるだけでなく、知的好奇心も満たしてくれる名代の老舗に、ぜひ立ち寄ってほしい。

【店舗情報】
吉德 浅草橋本店

住所:東京都台東区浅草橋1-9-14
電話:03-3863-4419
休業日:※不定休。ホームページをご確認ください。

取材・文:藤谷 良介
写真:伊勢 新九朗

吉徳HP