今回ご紹介する“粋人”は、扇子や団扇を取り扱う老舗の名店「松根屋」の4代目当主・山本慶大さん。
夏の風物詩として長年愛されてきた扇子や団扇は、進化する時代の中で今後どんな役割を果たすのか。名店が歩んできたこれまでの道のりと、これからの展望を、じっくりとうかがってきました。
100年以上の歴史を有する扇子・団扇の専門店「松根屋」で知った意外な事実
老舗といえば、敷居が高く、厳格なイメージを抱きがち。ですが「松根屋」の店内には、アットホームであたたかな空気が流れていました。
出迎えてくれたのは、お店の雰囲気さながらのあたたかく穏やかな笑顔が印象的な代表取締役社長・山本慶大さん。
「2014年に100周年を迎え、その際にお店の内装を一新しました。それもあってか、観光客や若い人もふらりと立ち寄ってくれることが多くなりましたね」
「松根屋」は、大正3年創業の扇子と団扇の専門店。山本さんの曾祖父・慶一さんが入谷にお店を構え、関東大震災の翌年に現在の場所へ移転したそうです。
「浅草へと続く道だったので、常に参拝者で賑わっていたみたいですね。加えて、近隣には花柳界もあったので、商売はうなぎ上りだったと聞いています」
ちなみに、屋号は初代が修行した団扇専門店から譲り受けた名前。本家は現在、出版関係の仕事に携わっているのだとか。
「うちは創業以来、扇子と団扇、そして、カレンダーを販売しているのですが、すべて“紙に字や絵を刷る”という工程を経ています。つまり、作業自体は出版物と全く同じ。なので本家が出版のお仕事に移行するというのは、とても自然な流れだと思います」
山本さんの説明を聞いて、私たちも目からウロコでした。松根屋さんと我々伊勢出版のお仕事は、一見すると全く異なるのに、もとを辿れば同じ源流だということを知ったのです。
浅草橋から大阪、そして再び浅草橋へ―—山本さんの歩みとは
「現在、お店を構えているビルが完成したのは、私が幼少期の頃です。うちの店は憩いの場として親しまれていて、大人たちが談笑しながら一服していた光景をよく覚えていますね」
浅草橋で生まれ、浅草橋の小学校に通っていた山本さん。幼い頃から「お店を継ぐのは自分だろうな」と、ごく自然に思っていたそうです。
「祖母からは半ば洗脳されていたので(笑)、お店は祖父から父、そして長男である自分へと引き継がれるのは必然だと感じていました」
都内の中高大に通ったのち、山本さんは大阪のカレンダーメーカーに就職。3年間の修業期間を経て、再び浅草橋へと帰ってきました。
山本さんが正式に4代目当主となったのは、31、2歳の頃。これまで先代たちが培ってきたものを守りつつ、新たな客層を取り入れるべく、さまざまな工夫を凝らしてきました。
100周年のリニューアルもその一環のひとつ。販売するアイテムは同じでも、売り方やアプローチは時代とともに大きく変化したと言います。
「かつては、『夏は団扇や扇子、冬はカレンダー』と言われていました。企業が季節に応じたアイテムに社名を刻印し、宣伝代わりに配布するんです。おかげで大量発注も多かったのですが、今はそういった文化も徐々に減っています。『安価なものをたくさん』ではなく『高級なものを選りすぐる』。そんな時代のニーズにあわせ、うちでも高級品を多く取り揃えるようになりました」
そして、国内だけでなく、国外へと市場を拡大すべく、海外観光客に向けたサービスも展開。翻訳機能を兼ね備えたパネルの設置や、SNSでの宣伝などにも力を注いでいます。
「1日1掲載を目標に、インスタグラムに販売商品をアップしています。漫画やアニメの影響で日本の伝統文化に興味を持つ人も増加したので、ぜひ扇子や団扇といった伝統工芸品の魅力も知ってもらえたら嬉しいですね」
仕事も日常も、“ストーリー性”を大切に
かつては、実用品として使用されていた扇子や団扇。しかし、山本さんは、これからの時代、扇子や団扇は伝統工芸品や芸術品として見出されるものになるのではないかと考えているそうです。
「日本の扇子や団扇には、歴史や文化が色濃く反映されています。ひとえに扇子といっても“飾り・舞・日用品”ではそれぞれ用途は異なりますし、産地によって特色も全く違う。ひとつのアイテムに詰め込まれた“ストーリー性”を大切にしながら、製品を扱っていけたら良いですね」
山本さんは現在、須賀神社の氏子さんたちが運営する『須賀睦会』の青年会長に着任中。数多くの年間行事を取り仕切るという重要な任務を担っています。
「店だけでなく、町全体を活気づけていくためにも、今後は横の繫がりを強化したいと考えています。たとえば、各神社の氏子さんが一体となって町おこしをすれば、浅草橋が一層盛り上がりますよね。これまで先達が培ってきたものを、皆で力をあわせさらに大きく育んでいけたら、と思っているんです」
これまでの歴史を慮りながら、新たな物語をつくりあげていく。山本さんが、日常の中でも“ストーリー性”を大切にしていることがうかがえました。
撮影/伊勢 新九朗
取材・文/牧 五百音