「虫、食べに行きませんか?」
とある日の取材後、編集長から唐突なお声がけが。もちろん、「行きます!」と即答し、あっという間にスケジュールも決定。8月の下旬には取材にお伺いしてまいりました。
が、想像以上の感動を味わい、「どうすればお店の魅力がより色濃く伝わるのだろう……」と考えあぐねているうちに月日が経過。ということで今回は、気をてらわず、思ったことを素直にレポートしたいと思います!
昆虫食を継続的な文化にするためにも、地に足がついた街でお店を出したかった――昆虫食レストラン『ANTCICADA』オーナー・篠原祐太さんインタビュー【浅草橋の粋人】目次
2020年6月4日(虫の日)にオープンした話題の昆虫食レストラン
お店があるのは、浅草橋駅から徒歩約5分の場所。
スマホのマップを頼りに意気揚々と目的地にやってくると……あれ、お店らしきものがありません。
と、シャッターの前をよく見ると張り紙が。お店はどうやらこの裏手にあるようです。
間違えて裏口に辿り着いてしまう方が多いようなので、皆さんもご注意くださいね。
張り紙に従い、裏手にやってくると、お店のロゴマークである〝A〟の文字を発見!
ここが、今回ご紹介するお店『ANTCICADA(アントシカダ)』。〝アリとセミ〟を意味する店名の通り、昆虫食が楽しめるレストランです。
取材をするにあたり、私は〝虫を食べられるお店〟という情報だけをインプットして、あえて詳細をリサーチせずにお店に伺いました。
それもあって、お店に足を一歩踏み入れた瞬間びっくり仰天。内装はとてもハイセンスで、高級レストランのような雰囲気が漂っているのです。
同店を運営するのは、昆虫食に精通した店主の篠原さんを筆頭とした若き食のプロフェッショナルたち。店内はオープンキッチンスタイルになっているので、スタッフの皆さんの調理風景を眺めるのも大きな醍醐味のひとつとなっています。
10品の絶品コース料理&ペアリングの全容を徹底レポート!
日曜は名物のコオロギラーメン、金・土曜は完全予約制でディナーコース料理を提供。今回は虫料理を存分に堪能すべく、ディナータイムに訪問しました。
『ANTCICADA』がテーマに掲げているのは〝驚きや発見に満ち、悦びに溢れた、食の体験。〟。その言葉通り、ディナーが始まるまでの時間にも楽しい工夫がなされていました。なんと、お水に青い氷が浮いているではありませんか!
この氷は、バタフライピーというハーブを使用したもの。お水が出された段階でワクワクが加速するなんて、前代未聞の体験です。
「どんな料理が登場するのだろう」とテーブルに添えられていたメニュー表を眺めていましたが、タイトルだけではどんな料理がやってくるのか皆目検討がつきません。
すると、篠原さんが私たちの前にやってきて、「これからコース料理をお出しいたします。全てを私たちに委ねてもらえたらOKです」と挨拶するとともに、お店のコンセプトや概要を説明してくれました。
まるでショーが始まるような高揚感を味わい、テンションも一気に急上昇! 客席からは自然と拍手が沸き起こっていました。
1品目は「コオロギのスナック」と「珈琲茉莉花茶」。コオロギの出汁をふんだんに使用したスナックはとても香ばしく、珈琲で煮出した茉莉花茶との相性も抜群。あまりの美味しさに、一瞬で料理もドリンクも食べ飲み尽くしてしまいました。
ちなみに、取材時は緊急事態宣言が発令中だったため、ノンアルコールドリンクとのペアリング。(通常はアルコールのペアリングも楽しめます)
取材前は、「アルコールがないと物足りないかも……」という一抹の不安もありましたが、これは杞憂に終わりました。というのも、篠原さんやドリンク担当の山口さんの解説があまりに面白く、「むしろ、アルコールがないおかげでお話を鮮明に記憶できる!」と思ったのです。
次に登場したのは、イナゴ醬、ラベンダー、パセリからしを添えた「心太」と「甘エビと鰹出汁」。
これまで様々な料理を食べたことがあると自負していましたが、これはかつて経験したことのない味わいでした……!
「〝おいしい〟という感情ももちろん大切ですが、当店では〝面白い〟と驚いてもらえる新しい組み合わせを試行錯誤して生み出しています。あえて、言葉にしづらい味にしているんです」と篠原さん。
その思惑通り、私たちはあまりの面白さにただただ圧倒され、言葉を失ってしまいました。
3品目は、インドの伝統的なスナック「パニプリ」をアレンジした作品。
提供される品々は、料理というより〝作品〟と称するに相応しい逸品ばかり。この「パニプリ」も、ハーブやスパイスをふんだんに使用したソースを注ぐことによって、爽やかなサイダーと一緒に味わうことによって、何段階にも味が変わる芸術品のような一品でした。
そして4品目は、澄み切った川を表現した絵画のような一皿「渓流」。
「今回のコースの中では一番の自信作です。綺麗な川にしか生息しないザザムシを使用したクリームソースがとてもおいしいんですよ」と篠原さんが話すように、ソースがとにかく絶品でした。
ザザムシの収穫地である南長野にはザザムシを獲る専門の漁師さんがいるそうなのですが、担い手が少なく、存続の危機に陥っているそうです。
料理にまつわるエピソードも事細かに分かりやすく解説してくれるため、レアな知識を得られるのも同店の魅力。おいしい! 楽しい! だけではない、充実した趣深い時間を過ごすことができるのです。
ワンタンに使用しているウチダザリガニは阿寒湖産です。「ウチダザリガニは近年量が増え過ぎているため、駆除を兼ねて捕獲しているんです」(篠原さん)
こんなにおいしい食材がゴミとして廃棄されるなんて。その現実について、改めて考えざるを得ませんでした。
そんなことを考えていると、次の料理が登場。……料理? これは一体――
「これは、『セミの気持ち』という一品です。皆さんにセミの気持ちを味わっていただこうと思い、友人にこの食器を制作してもらいました。ぜひセミになったつもりで召し上がってください」(篠原さん)
このお料理については、あえて詳細を伏せます。ただ、これを食べて(?)セミの気持ちになったことだけは確かです。
お次の「鯰(ナマズ)」は、アメリカナマズという駆除対象の外来種をふわふわに調理したもの。一口食べて「鯰ってこんなに臭みがなくて食べやすいんだ!」とびっくりしてしまいました。そして「なぜナマズをスーパーで販売するという概念がないんだろう」という疑問も生じました。
「下に敷いたソースは、コオロギビールを発酵しビネガーにしたものを使用しています。やっと樽を開封できるというタイミングで今回の緊急事態宣言が発令されたので、ビールをアレンジして有効活用しました」(篠原さん)
もう「お見事!」以外の言葉が出ませんでした……。
コースも終盤に差し掛かってまいりました。
ここで登場したのが「鶉(うずら)」。10日間熟成した鶉を北京ダックのように丸ごと揚げ焼きにした豪快な一品です。
この料理に合わせるのが、山口さんが岩手の道の駅で入手したという「山ぶどうジュース」。
「エキスのように濃厚で、パンチのある旨味を有する鶉との相性がとても良いんです。まるでワインのようなコク深さを堪能できますよ」(山口さん)
アルコールが提供できないことを逆手に取って、普段とは一味違うペアリングを存分に楽しむ。お店には、常に工夫と探究心、そして遊び心が溢れていました。
野性味あふれる鶉は、食べ方もワイルドに素手でかぶりつく!
編集長はこの一品が一番お気に入りだったらしく、なんと骨まで食べ尽くしていました!
ここで、真打ともいうべき「コオロギラーメン」のお出まし。コース料理で提供される小ぶりの「コオロギラーメン」には、一杯につき80~90匹のコオロギが使用されています。
出汁だけでなく、油、醬、麺にもコオロギを使用しているというラーメンは、雑味が一切なくとてもクリアな味わい。そういえば、この時すでに〝虫=ゲテモノ〟という勝手な思い込みは一切無くなっていたような気がします。
そして、個人的に最もびっくりしたのが、ラーメンにペアリングしたドリンクが「みき」だったこと。
「みき」とは、奄美大島で親しまれている米とさつまいもの発酵飲料。これ、都内ではなかなかお目にかかれないとても希少なドリンクなのです!
「東京だと、うちか奄美料理専門店ぐらいでしか取り扱ってないと思います(笑)。あらゆる組み合わせを試しましたが、『コオロギラーメン』と最も相性が良いノンアルコールドリンクは『みき』だったので、奄美大島から空輸して取り寄せています」(山口さん)
テンションが最高潮に達したところで、いよいよデザートに突入。
ここでようやく〝THE虫〟な一皿がやってきました。ゼリーの真ん中には「フェモラータオオモモブトハムシ」の幼虫が鎮座。ぷるんとした食感と、杏仁豆腐のようなクリーミーな味わいが口福をもたらします。
そして、ラストの10品目が登場。これが最後だと思うと、なんだか名残惜しく、センチメンタルな気持ちになってしまいました。
この「かき氷」には、タイワンタガメのエキスがふんだんに使用されています。タガメのフェロモンは程よく甘く、フルーツのような爽やかな香り。まるで上質な香水を味わっているかのようでした。
コースが終了し、篠原さんが最後の挨拶をすると、再び客席からは拍手が。お客さんとスタッフの皆さんの間にはいつしか不思議な一体感が生まれ、全員が満ち足りた表情になっていました。
〝地球を味わう〟ことの楽しさと奥深さ
コース料理を堪能している間、篠原さんや山口さんは愛情と熱意を持って料理やドリンクの説明を行ってくれます。
使用している食材がどこに生息しているのか、どんな原料を使い、どのようにして食品を加工しているのか――全てが明瞭かつわかりやすいため、一切の不安がない状態で食事を楽しむことができるのです。
「今度はぜひ、アルコールとのペアリングも楽しんでいただきたいです。お酒は、私たちが開発した『タガメジン』や『コオロギビール』をはじめ、全国から厳選した自慢の逸品ばかり。日本酒の大半は『SAKE Street』でセレクトしています」(山口さん)
「タガメジン」は、大人気醸造所「辰巳醸造所」と共同開発した大人気商品。発売するとすぐに売り切れてしまうという幻のクラフトジンです。
目利きの山口さんが足繁く通う『SAKE Street』については、こちらの記事をご一読ください。
浅草橋から日本酒の魅力を世界に発信!「SAKE Street」藤田利尚さんインタビュー今回はコース料理のご紹介でしたが、日曜はランチ・ディナーともに、お店の看板メニューでもある「コオロギラーメン」が楽しめます。まずは気軽にラーメンを味わって、その後ディナーコースで本格的に昆虫食を堪能……という楽しみ方も乙ですね♪
また、店内では「コオロギビール」や「コオロギ醤油」、「虫の佃煮」など、お店の皆さんが開発したオリジナル商品が購入可能。
私は、「コオロギビール」を購入し、家に帰って早速いただきました! 黒ビールのような芳醇な味わいのビールは、自分へのご褒美にはもちろんのこと、ビール好きな知人へのお土産にもぴったり♪
オンラインでも販売しているので、そちらもぜひチェックしてみてください。
アパレルグッズも要チェック!
販売しているTシャツやキャップはどれもハイセンスで、思わず普段使いしたくなるデザインの商品が豊富に取り揃えられています。
私はTシャツを買わずに帰ってきたことを後々とても後悔してしまったので、今度はお買い物にお伺いしたいと思います!
「文化として継承していきたい」という店主のインタビューに続く
「虫を食べる」。このワードだけをピックアップすると、まるで奇妙な行為に興じているような印象が強いのが現実です。
ですが『ANTCICADA』では、虫も害獣も他の食材と同じように大切に、価値のあるものとして扱っています。
「虫は気持ち悪いもの」「害獣は駆除して捨てるもの」。そういった考え方が、ひどく傲慢であることも痛感しました。
篠原さんには、「昆虫食を流行りで終わらせることなく、しっかりと文化として継承していきたい」という確固とした思いがあります。
次回は、篠原さんにお店を浅草橋に出店するに至った経緯をインタビュー。お店の魅力をさらに深掘りしたので、ぜひご覧ください!
撮影/伊勢 新九朗
取材・文/牧 五百音