文化やグルメの発信地として、「東京右半分」が注目されるようになって久しい。
谷根千、清澄白河、蔵前などのエリアが、人気スポットとして確固たる地位を築いているのはご存じのとおり。
では、「浅草橋」はどうだろうか?
正直、マイナー感は否めない。
「そもそも浅草橋ってどこ?」「浅草じゃないの?」という人も少なくないだろう。
かくゆう、私もそのひとりであった。
本日は、浅草橋にオープンした古本屋「古書みつけ 浅草橋」で、ひょんなことから店長をやることになった、わたくし堀田孝之が、ひたすらに「浅草橋を歩く。」してきた男「伊勢新九朗」へのインタビューを敢行 。これまで、さまざまな「浅草橋の粋人」をインタビューしてきたこの企画だが、いよいよ本サイトの編集長に切り込んでみよう。
文:堀田孝之(作家/古書みつけ浅草橋店長)
浅草橋と伊勢
浅草橋は、神田川の最下流で、隅田川と合流するエリアに位置する。
JR総武線と都営浅草線が乗り入れており、東京や上野までは10分、スカイツリーのある押上までは6分、新宿までも乗り換えなしで20分と、交通のアクセスは抜群だ。
浅草橋は、古くから「ものづくりの町」「商人の町」として盛えた伝統ある下町だ。
そういった文化背景もあり、現在も江戸風情ただよう老舗が数多く軒を連ねている。
さらに、近年は、若いクリエーターが多数集まり、アクセサリーや雑貨、服飾などを扱う店舗や、グルメスポットも次々と誕生。
まさに、「ネクストブレイク」を期待させる盛り上がりを見せている。
その匂いをいち早く嗅ぎ取った男がいる。伊勢出版代表の伊勢新九朗だ。
伊勢は、このたび、浅草橋121店舗の協力を得て、「浅草橋FAN BOOK」を12月13日に発売する。
「なぜ今、浅草橋なのか?」「他の町にはない浅草橋の魅力とは?」「浅草橋FANBOOKで何を目指しているのか?」、彼に話をうかがった。
なんで浅草橋に注目したの?
伊勢は、雑誌や書籍の編集プロダクション「伊勢出版」代表であり、業界歴15年以上の編集者だ。これまでに制作してきた出版物は300点を超え、シリーズ累計100万部の本も手がけている。
そんな伊勢が、なぜ、「浅草橋」というニッチなエリアに注目をしたのか?
深い理由でもあるのだろうか?
「いや、たまたま事務所が浅草橋にありまして(笑)。ランチやディナーをいろいろなお店で食べていたのですが、『この町は、ほんと面白いなー』と。飲食店以外にも、ビーズアクセサリーとか文房具とか雑貨とか革製品とか、もはや、おもちゃ箱みたい! と、興味を誘われる店がたくさんあるんですね。それで、単純に好きになっちゃったんです」
東京出身で、さまざまな町で過ごしてきた伊勢だが、「町を好きになる」のは浅草橋が初めてだった。そこで彼は本業とは別に、本サイト、浅草橋を歩く。という地域メディアサイトをスタートさせた。浅草橋のさまざまなお店や人にフォーカスを当て、約2年半にわたり、それまで可視化されていなかった浅草橋の魅力を発見・編集・発信している。すでに取材したお店や人は300を超えている。
「浅草橋を歩く。」の驚きは、広告費を一切受け取っていないこと(※一部例外あり)。取材チームも基本、伊勢の考えに賛同した有志たちによるボランティアだ。なぜ、経営者である伊勢は、マネタイズを考えなかったのか?
「だって、初対面の人間がお店の門をくぐって、サイトで紹介するからお金をくださいって、自己都合すぎるじゃないですか。どこの馬の骨ともわからないバンドマンみたいな人間に(笑)。「浅草橋を歩く。」はお金を稼ぐためではなく、浅草橋の人たちと仲良くなるためのツールでもありました。取材という名目で、本当にたくさんの人と出会うことができましたし、このご縁はとても大切で、かっこつけてるわけではないですが、それこそ金銭には代えられないものなのだと、今、とても実感しています」。
実際、彼と浅草橋を歩いていると、10分ほどで3人の方に声をかけられた。
今どき、東京の中心で、町を歩けば必ず声をかけられるなんてことがあるだろうか。
伊勢新九朗、恐るべし。
しかしなぜ、浅草橋だけ、伊勢にとって特別な町になったのか?
「なんというか、懐かしかったんですよ。人と人が自然に声をかけあって、お店に行って世間話をしたり、釣り銭が足りなかったら隣のお店に借りたり。そんな、のどかで昭和的な感じが浅草橋には残っているんです。陳腐な言い方かもしれませんが、「人の温かさ」や「人と人のつながり」に憧れ、ハマってしまったんですね」
「浅草橋FANBOOK」が目指すもの
伊勢出版が12月13日に発売開始する『浅草橋FANBOOK』は、浅草橋に居を構える121店舗の紹介とともに、全店舗で共通して使える「スペシャルパスポート」がついてくる。期間中にスペシャルパスポートをお店に提示すれば、店舗によって、割引や一品サービスなどの特典を、無制限で利用することが可能だ(2021年12月6日~2022年3月31日)。
お店からは掲載料をもらっておらず、制作資金は、浅草橋を遊びつくせ!地域密着メディアファンブックプロジェクトで支援募集中だ。
正直、筆者の私からしたら、「浅草橋に住む人、来る人にしか役立たない本」と思ってしまうが、そんな本を伊勢が作った理由とは?
「浅草橋を歩く。を続けてきて、いつかこの町の本をつくりたいなとは思っていました。町でお店をやっている人たちを見ていて、とてもうらやましい気持ちになったりして、何かで私も町の一員になれないかと考えたとき、ずっと仕事してきた〝本〟という形がベストなんじゃないかと。もちろん、コロナ禍で寂しくなった町を元気にしたい、という想いもありますが、それは〝後付け〟で、ほとんど自己満足に近い欲望じゃないかな(笑)。とはいえ、浅草橋に人が集まれば、FANBOOKを利用する人、利用してもらう店、双方がハッピーになることは確か。これが売れてくれれば伊勢出版もついでにハッピーだし(笑)。「三方よし!」を実現できるのが、FANBOOKだと考えました。そして、ある特定の店舗だけでなく、浅草橋のあらゆるお店が元気になってほしいという思いがあります。FANBOOKには121店舗も掲載されています。ランチを食べて、いろいろな「ものづくりのお店」を巡り、ディナーまで浅草橋で完結させることができるラインナップです。ぜひ、全店舗を制覇してくれる人が現れてほしいですね」。
なるほど。それは使い勝手が良さそうだ。
と、そんなに熱く語るのはいいけれど、実際に浅草橋在住や在職の人ならまだしも、部外者がわざわざ浅草橋にやってくるだろうか? 少し意地悪な質問を伊勢さんにぶつけてみた。
「浅草橋に在住・在職中の方であっても、案外地元のお店に行っていない人が多いんです。先日、浅草橋に5年住んでいる人と話したのですが、行くお店のほとんどはチェーン店だそうです。理由を尋ねてみると、「本当は行きたいのだけど、なんとなく一人で入る勇気がない」ということでした。その気持ち、私にはすごくわかるんです。きっかけがないと、個人経営のお店に入るのって緊張します。自分は部外者じゃないかって。私が取材を開始した当時もそうでした。でも、理由があればお店に入りやすくなる。お店に入って、スペシャルパスポートを見せてもらえば、お店の人はすぐにあなたを認識して、「部外者」ではなくなります。FANBOOKが、それまで入りづらかったお店に入るハードルを下げてくれるものになればと思っています」。
「これまで浅草橋に縁がなかった人は、東京には浅草橋という「まだ見ぬ下町」があるんだということを、ぜひFANBOOKをきっかけに知ってほしいです。浅草橋に来れば、それまで知らなかった東京の豊さを感じられると思います。インスタ映えするお店もたくさんありますよ」
「店と店のつながり」で地域力を育みたい
伊勢は、浅草橋FANBOOKを通して実現したいことがもうひとつあるという。
それは「店と店をつなぐこと」だ。
来店したお客さんに、あるお店が別のお店を紹介し、そのお店がまた別のお店を紹介し、といった具合に各店舗が互いに支え合って、浅草橋全体を輪になって盛り上げていこうという野望だ。
そんな、「キレイゴト」は通用するのだろうか。
「キレイゴト!w いや、確かにそう都合よくいかないのは、取材していてわかります(笑)。でも、町全体に人が集まってくれば、それだけ新規のお客さんがやってくる可能性が増えるわけで……。私が、浅草橋の数百のお店を取材して思ったのは、ご近所なのに案外互いのお店のことを知らないケースがあることです。それは非常にもったいない。お互いのお客さんを紹介し合えば、単純な話、常連客が2倍になる可能性があります。3店舗で紹介し合えば、3倍。町全体で紹介し合えば、何十倍でしょう。もちろん、これは理想論ですが、町全体を盛り上げることが、各店舗に利益をもたらすことは疑いようのないことなのかなとは思っています」
なるほど、お店にとっても、我利我利亡者にならないほうが、周りまわって最終的には自分の利益になるということか(堀田、納得)。
伊勢はそんな思いから、2021年10月、自らも浅草橋に店を構えた。
それが、伊勢出版がある建物の1階にある「古書みつけ 浅草橋」であり、今回の筆者であるわたくし堀田が店長をつとめる古本屋だ。
「人と人、店と店をつなげるには、リアルなコミュニケーションの場が必要だと思ったんです。ちょうどその頃、浅草橋には本屋がないことを知り、古本屋を作ることにしました。お店や地域の人がフラッと立ち寄って、立ち話をしていく……そんな誰でも気軽に来店できる縁側のような存在になれたらと思っています」。
伊勢の実践していることは、表面上は「町おこし」にカテゴライズされるだろう。しかしそこには、「地元だから」「生まれ故郷だから」といった、「内輪に引きこもった」排他性はない。
浅草橋は、伊勢自身が「もともと無関係な土地」だ。にもかかわらず、これだけのバイタリティで町を編集、発信し、応援するのは、やはりそれだけ「浅草橋」という土地に稀有な魅力があるからだろう。
実際、基本冷めた視点で物事を見つめるクセのある私自身ですら、古本屋がある柳橋(※浅草橋駅から徒歩数分のエリア)に毎日通うようになり、伊勢と行動を共にすることが多くなったこともあってか、今では、うっかりこの町の魅力にハマッてしまったひとりだったりする。もはや、伊勢による洗脳に近いかもしれないが(笑)、そもそも伊勢が「何かの魅力を伝える」ことを生業としてきた編集者だと考えると、その能力を存分に発揮しているといえるだろう。
かつて、とある出版社が「練馬本」「足立本」という、ひとつの区全体のガイドブックを制作して一世を風靡したが、それよりもさらにニッチなエリアにしぼった「浅草橋本」が、もし、仮にたくさんの読者を獲得できるのであれば、それは、低迷する出版界だけでなく、日本全国さまざまな地域の活性化にもつながるヒントとなるのかもしれない。
そういえば、私も浅草橋FAN BOOKの校正に少しだけ関わったのだが、最後の編集後記で伊勢がこんなことを書いていた。
「たぶん、どの町にも魅力はあって、魅力的な人であふれていて、だから私の場合、「たまたま浅草橋だった」だけなんだと思います。それでも愛しちゃったんだから仕方ない! 引き続き、この町を編集&発信していきますぜ!!」
そう、もうひとつの視点で見ると、何も浅草橋だけが特別なわけではない。
あなたの町にだってたくさんの魅力があり、それを発信する手段は、今の時代いくらでもある。
「浅草橋を舞台にしたこのプロジェクトのようなものが、日本全国にも伝播していってほしい」、実はそんな想いもあるんじゃないの? と、思わざるを得ない編集後記に、生来の飽き性である自分がどこまで付き合いきれるかわからないけれど、できる限り支えてみようかと思っている今日この頃である。
いずれにせよ、兎にも角にも「浅草橋FANBOOK」。
まずは、この本を片手に、ぜひ浅草橋を歩いて、その魅力を味わってみてほしい。
浅草橋を歩く。
文:堀田 孝之(作家/古書みつけ浅草橋店長)
写真:伊勢 新九朗(町の写真)、平柳 智子(伊勢の写真)