創業から37年。地域密着型で地元の人々に親しまれてきた「ベルモントホテル」は、チェーン展開をせず、この地でしっかり根を張り歴史を育んできました。
海外からの観光客が増え、多くのホテルチェーンが多数の店舗を運営するなかで、ひとつの場所を守り抜く「ベルモントホテル」。
ホテルが大切にしてきたものとは一体なんなのか。代表取締役の鈴木隆夫さんにうかがいました。
小間物問屋から始まったホテルの歴史
レンガ造りの壁に、グリーンの窓枠。瀟洒な雰囲気が漂うこの建物が、今回のインタビューの舞台となる「ベルモントホテル」です。
お話をうかがった地下1階にあるロビーは、吹き抜けの天井が特徴的な開放的な空間。客室や外壁などは改装を施しましたが、この吹き抜けのロビーは創業当時のままなのだそう。
「地下に電車が通っているなど、さまざまな事情が重なりこの吹き抜けをつくったようですが、今ではホテルの象徴のような場所になっていますね」
そう話してくれたのは、「ベルモントホテル」代表取締役の鈴木隆夫さんです。ホテルの創業は昭和59年。歴史は、浜町で小間物問屋を営んでいた鈴木さんの祖父の代に遡ります。
「徐々に問屋街が衰退していくなかで、父は『これからは何か違うことをやろう』と一念発起したんです。それで、当時周囲の人から『遠方から買い付けに来る人はまだたくさんいる』と話をきいて『ならばその人たちが宿泊できるホテルをつくろう』となったそうです」
そして見つけた、元料亭だったこの場所。戦後、この界隈は江戸時代から柳橋花柳界と称され、政界のトップが足しげく通う一大花街でした。
1999年、最後の料亭が閉店したことで花街の歴史は終幕。ホテルのロビーには、当時の関係者たちの名前が連なった寄せ書きが飾られています。
花柳界終焉期にこの地でホテル経営を始めた縁もあり、鈴木家にはほかにも歴史的価値の高い品々が残されています。写真は、明治座で開催された「柳橋みどり会」のパンフレット。
戯曲を手掛けたのはかの名作家・三島由紀夫という、豪華絢爛な舞踏大会だったようです。
浅草橋生まれなのに、浅草橋を知らない青年時代
華やかな戦後から平成へと時代が移ろい、ホテルの経営は祖父から父へと継承されました。
その頃、鈴木さん自身は学生生活を謳歌したのち東京随一の名門ホテルに就職。ホテルを継ぐとは露程も思っていなかったそうです。
「兄が継ぐものだと思っていたので、私は普通に就職活動をしました。しかし丁度バブル崩壊の就職氷河期。なかなか仕事が決まらず、そこで自分がなにをしたいのかを改めて考えなければならなくなった。そして辿り着いたのが、生まれたときから間近で見ていたホテル業だったんです」
東京屈指の名門ホテルに入社した鈴木さんは、営業部に所属。朝から晩まで仕事漬けの毎日を過ごしたそうです。
ホテルを継がなくとも、仕事はホテル業。生まれてからずっと、ホテルと密接な関係にあったようです。
反して、地元・浅草橋との縁は遠のいていました。小学校から別の地域に通っていたので、地元の人とはほとんど関わりを持つことがなかったのです。
転機が訪れたのは、平成が後半に差しかかった頃。父と兄が衝突し、紆余曲折ののち、ホテルは後継者不在となってしまいました。
「散々今まで自由にさせてきてもらったし、ここで覚悟を決めて実家を継ぐか、と決意をし、このホテルに戻ってきました。就任後は本当に大変でした。昔から働いている方は僕のやり方が気に入らない部分も大きかったし、意見の相違も多かったです。そして最も困ったのは、地元のネットワークを持っていなかったことでした」
どうやって地元に溶け込めばいいのだろう。そんなときに手を差し伸べてくれたのが、台東区の青年会議所の人々でした。
「下町の人、とりわけ浅草橋の人はとにかく温かい。そして、祭りに対して熱心で結束力が固いので、強固なネットワークがあるんです。皆さんが輪に加えてくれて、少しずつ仲良くなっていって、おかげさまで法人会の青年部会長をまかせてもらえるようにもなりました。今も町会などではうちの宴会場を使ってもらったり、レストランにも足を運んでもらったり、多くの場面で皆さんに利用していただいています」
実は鈴木さん自身も、学校や勤務先などでは多くのネットワークを培い、交流を大切にしていました。現在はそのネットワークを活かし、浅草橋のPRに注力。
別の地で得たもの、浅草橋生まれだからこそ得たもの。その両方を最大限に活かすことで、より一層豊かな活動が行なえると鈴木さんは言います。
目指すのは〝ファンづくり〟が上手なホテル
鈴木さんが社長に就任して13年。多くの困難を乗り越えてきた「ベルモントホテル」に、新型コロナウイルス感染症という大きな壁が立ち塞がりました。
「正直、今が一番苦しいです。でもだからこそ、これまで掲げてきたモットーをより深く考えるべき時期なのだとも思うのです。私はいつもスタッフに『あなたが来るからここに泊まりに来た』と言ってもらえる人になってください。と伝えています。それが接客業の核であって、スタッフひとりひとりが自分のファンを作ることがなにより大切だと思っています」
目指すのは、ファンづくりがうまいホテル。自分のファンをつくる、お客様の心を掴む。そうすればおのずと人が集まり、ホテルは繁栄していくのだという信念を鈴木さんは持っています。
「私個人の今後の目標は、ファンづくりがうまいホテルがもっと増えること。そのベースづくりがしっかりできたら、もう少しホテルの規模を拡大したいと思っています」
「ベルモントホテル」の大きな特徴は、利用者の8割が国内の人という点。つまり、リピーターが多くを占めているということです。
『ホテル業はリピーターありき。リピーターを増やすためには、個人個人がファンの心を掴むための努力をすること』
鈴木さんがなにより大切にしているモットーは、今後の日本で働く私たちに大きなヒントを与えてくれているのではないか、と感じました。
取材・文:牧 五百音
店舗情報
施設名:ベルモントホテル
お問い合わせ:03-3864-7733