1919年に創業し、2019年11月で100年を迎えた児童書専門出版社としては日本最古参の金の星社。
現在も児童文学の最前線を走る同社の三代目代表取締役社長・斎藤健司さんに、100年を迎えた社業のことや今後の展望、そして、浅草橋への思いをうかがった。
「100年後も子どもに寄り添い続ける」浅草橋エリア(小島)にある出版社「金の星社」とは?創業100年展で見えた「次の100年」の目標
子どもたちの悩みに寄り添い、共に歩みながら日本の児童文化を支え続けて100年。そのメモリアルとなる今年の7月、東京・上野の森美術館で「みる よむ あそぶ 金の船・金の星 子どもの本の100年展」が開催された。
「100年の笑顔、夢 100年先の未来も」をキャッチフレーズに、会場では『金の船』初代編集長・野口雨情氏の直筆原稿や戦前戦後の貴重な資料から近年の人気作等の原画を展示。
さらに、『せんろはつづく』の著者・鈴木まもるさんが着色した巨大段ボール列車の展示をはじめ、人気作家たちによる講演会や音楽ライブ、製本ワークショップ等、趣向を凝らしたイベントが開かれ、10日間で全国から約7000人のファンが訪れた。
100周年記念展を終えて斎藤さんが振り返る。
「社員総出の手作りで運営して、自分たちが想像したよりも多くのお客様が来場されたことは、一人ひとりが自分の会社に誇りを持てる良い経験になったと思います。個人的には私が18歳の時に亡くなった祖父の肉声が収められたCDを聞く機会もあって100年を振り返る良い機会になりました。次の100年に『何をすべきか』が頭の中で整理できたような気もします」
それは、今まで以上に会社を強くすることだと続ける。
「今は政治面を見ても非常に危機をはらんだ時代です。その中で、次の100年を戦うには、とにかく1年1年、地道に積み重ねていくしかない。出版不況の中にあっても児童書は恵まれていますが、それだけに競争も激しく、世の中の『欲しい』を形にする良質な本の企画を全社員で考えるようにしています。その一方で、コンテンツホルダーという強みを生かして、本に限らず子どもたちや保護者の方々に喜んでいただける新規事業にも繋げ、次の時代にイノベーションを起こしたいですね」
鳥越祭りへの深い関わりと感謝の写真集
100年展の会期中、金の星社の地元にある鳥越神社で毎年6月に開催される鳥越祭りと、街に暮らす人々の姿を活写した小林伸一郎氏の写真展『鳥越NOW』が同時開催された。
こちらは100周年記念事業の一環で5月に刊行された同名写真集からの展示だったが、お祭り好きで14年前から地元の睦会に所属している斎藤さんの地域への並々ならぬ思いが込められている。
「都内随一の大きさを誇る千貫神輿をはじめ、鳥越祭りの圧倒的な迫力に魅せられて昔から参加していたんですが、地元の先輩に誘われて入会しました。今は小島一丁目睦の副代表をやっていますが『何か地元へ恩返しできないかな』と考えた時、お祭りだけでなく街や人々も紹介する写真集を思い立って、平成最後の3年間で撮影したものです」
社長の道楽半分ですよ、と笑うが街に根付いた人たちのリアルな姿を切り取った写真集は地元でも評判に。
積極的な地域貢献に込めた思い
さらに100周年記念出版として台東区への感謝の気持ちを込めた絵本『パンダのパンやさん』を4月に刊行した。
こちらは「上野と言えばパンダ」という発想で、パン屋を営むパンダの親子が焼きたてのパンを街の様々なお店に配達する姿を、下町情緒とユーモアたっぷりに描いた内容だ。
劇中にはうさぎの和菓子屋や犬の蕎麦屋、ライオンの喫茶店等が登場するが、昭和17年から続く浅草の老舗『パンのペリカン』や地元の小島で愛されている街中華『幸楽』といった実在の店や店主をモチーフにしている。
ほかにも、毎年10月の最終日曜に開催される「小島一丁目ハロウィンウォーク」への参加や地元の古紙回収にも関わる等、地域に積極的に関わっている。
「この街には地元を愛する粋人の情熱を感じます」
斎藤さんは子どもの頃から父親に連れられて会社を訪れ、在勤になり、さらに睦会に関わるようになって街の印象が変わったという。
「駅前と違って、この辺りはマンションが増えたくらいで街並みは変わっていないんですが、普段静かな街に粋な人たちが沢山暮らしていて、地に足をつけて商売されていることを実感できたのは大きな発見でしたね」
そして、この街の魅力はその下町人情だと話す。
「皆さん、本当にこの街を愛していて、その情熱が素晴らしく人情も厚い。多少口がきついところがまた江戸っ子らしいですが(笑)。そんな街で昭和11年から商売させていただいているので、これからも良質な本作りとともに自分たちにできることで地域貢献をしていきたいです」
文:藤谷 良介
写真:伊勢 新九朗