名物はナシゴレンと人情味。地元で愛される町中華『幸楽』には「美味しい喜び」に溢れていた。

「お客さんが喜んでくれるようにやってきただけです」と謙虚なお二人。台東区小島2-1-3 昼11:00〜15:00、夜17:00〜19:30 火・木曜の夜、土日祝休み。

街で飲食店を探す時、溢れているメディアでの情報もさることながら、最も信頼できるのは、その街在住や在勤の人の口コミだろう。

昭和を感じる大衆店に淫している筆者は、地方出張に行った時は、必ず土地の大人に「平日に地元の人で賑わう老舗はどこですか?」と聞くようにしている。
そうすることで、観光ナイズされていない“そこにしかない”味や空間に出合えるからだ。

当サイトは、そういった「地元に息づいた情報」の集合体だが、先日、浅草橋で創業100年を迎えた『金の星社』を取材した時の雑談で、気になる中華料理店の名前を聞いた。

[前編]「100年後も子どもに寄り添い続ける」 金の星社 代表取締役社長 斎藤健司さんインタビュー

その店『幸楽』は、同社で働く人たちが日常的に訪れるだけでなく、100周年記念の写真集や絵本にも登場する街の名店だという。

というわけで、金の星社の広報さんがアポ取りまでしてくれた「幸楽」に、編集長と共に訪れてみた。

地元の人が厚く支持するノスタルジック町中華

浅草橋駅から徒歩10分強の小島2丁目。地元企業がひしめく静かなエリアを歩いていると、往年の東映映画に出てきても違和感のない煤けたビルが現れた。

ファサードの上の錆び付いたトタンの看板には『味の幸楽』。

白地に赤文字のトラディショナルな暖簾に印された「味自慢」の文字。

もうこの時点で「間違いない」空気感が漂っている。

昭和世代にはたまらない佇まい。新御徒町駅からは徒歩5分程度。

昭和世代にはたまらない佇まい。新御徒町駅からは徒歩5分程度。

暖簾をくぐると、「いらっしゃい」という優しい声で迎えられた。

カンカンと中華鍋を振る軽快な音がたまらない。

年季の入ったカウンター、ラーメンや丼もの、一品などがずらりと揃う手書きメニュー、そして、店内に漂う食欲をそそる香り。

昨今、リバイバルブームが起きている“町中華”のお手本のような雰囲気に期待感が高まる。

思わず目移りするメニューは約50種類。セットや定食メニューはカラフルな短冊メニューをチェック。

思わず目移りするメニューは約50種類。セットや定食メニューはカラフルな短冊メニューをチェック。

カウンターに腰をかけ、推薦者におすすめされた名物の「半ナシゴレンとラーメンセット」と「広東めん」を注文した。

10代から60年以上鍋を振り続ける“市井の鉄人”

注文が届くまでに、少し話を聞いた。

厨房に立つご主人、小林賢吉さんは東京の生まれ育ち。中学を卒業して手に職をつけるために料理の道に入った。

20歳で独立し、松戸でラーメン屋台を引いていたが、22歳の頃に機器の故障で屋台が全焼。

翌年、縁あって当時から現在の場所にあった『幸楽』に入り、1年後に店を受け継いだという。

軽快な音と鼻孔をくすぐる香り、そして、淀みない職人仕事が食欲を刺激する。

軽快な音と鼻孔をくすぐる香り、そして、淀みない職人仕事が食欲を刺激する。

料理人として60年超。御年76歳となった今も調理のほとんどを担い、穏やかに話す間も、常にテキパキと手を動かす姿に思わず見惚れてしまう。

まさに「市井の鉄人」。

昼なので遠慮したが、夜ならカウンターから眺めるこの手際だけでビールが1本空きそうだ。

調理の途中、時折外に出るので何かと思ってみてみると、

この東南アジアのようなゆるさがたまらない。

この東南アジアのようなゆるさがたまらない。

なんと冷蔵庫が外にあった。

「ただ厨房が狭くて入らないだけだよ」と笑うご主人。その横には炊飯器、扉を挟んだ棚には骨董品のような黒電話が剥き出しで置かれ、現役で活躍している。

もはや見かけなくなった黒電話。取材中も電話が鳴っていた。

もはや見かけなくなった黒電話。取材中も電話が鳴っていた。

「今はもうやってないけど、バブルの頃は出前だけで1日100軒くらいあって、昼はこの電話が鳴りっぱなしだったよ」

独創的なナシゴレンの深い味に舌鼓

「はい、まず半ナシゴレンね」

そんな話を聞きながら待っていると、キレイなドーム型の赤みがかったチャーハンが供された。

多くのお客さんが注文し、リピーターが後を絶たないナシゴレン。単品は700円。

多くのお客さんが注文し、リピーターが後を絶たないナシゴレン。単品は700円。

一口いただくと、しっとりとした食感の後にピリッと辛いスパイスが香り、コク深い味わいに目をみはってしまう。

インドネシアの定番料理であるナシゴレンは、一般的にはチリソースとナンプラーで仕立てるが、それとは異なるこちらは、食べ始めるととまらない深い味わいがある。

そもそもなぜ、中華料理店にナシゴレンがあるのだろう。

「もう50年以上前の話だからね……。当時インドネシア人のお客さんに頼まれて作ったのがきっかけ。インドネシアには行ったことも、ナシゴレンを食べたこともなかったけどね(笑)」

パラパラではなくしっとり系。辛すぎない塩梅がいい。

パラパラではなくしっとり系。辛すぎない塩梅がいい。

最初はシンプルなケチャップライスだったが、独自で研究し、粉山椒やニンニク、一味などを加えているという。

一般的なセットに付く半量以上のボリュームだったが、一気に平らげてしまった。

滋味深いラーメンが五臓六腑に沁み渡る

続いて「らーめん」が届いた。

澄んだスープに、メンマ、チャーシュー、ナルトといったクラシカルな佇まい。

毎日でも食べられそうな味がどこか懐かしい「らーめん」。麺は浅草開花楼のちぢれ麺を使用。半ナシゴレンとのセットは800円。単品は550円。

毎日でも食べられそうな味がどこか懐かしい「らーめん」。麺は浅草開花楼のちぢれ麺を使用。半ナシゴレンとのセットは800円。単品は550円。

スープを一口飲むと、優しい滋味に思わず笑顔がこぼれてしまう。

シンプルな鶏ガラスープベースだが、こちらにも独自の工夫がほどこされており、繊細ながらも複雑な味だ。

アクセントとなっているかいわれのほのかな苦みが、またいい。

広東めんは濃厚な餡かけ仕立て。

仕事で疲れた日や寒い日にたべたい「広東めん」750円。最後まで熱々でいただけるのがうれしい。

仕事で疲れた日や寒い日にたべたい「広東めん」750円。最後まで熱々でいただけるのがうれしい。

野菜と肉をたっぷり使った熱々の餡の旨味が、冬の冷えた体に沁み渡る。

どちらもスープまで平らげた後、編集長が「半ナシおかわりください!」と追加注文。

わかるぞ、やみつきになるその気持ち。

次訪れた時は、1人前ずつ注文しよう。

「お客さんの背中に『満足』って文字が浮かぶんです」

訪れた時間は昼のピークタイムを過ぎていたが、取材中も次々とお客さんが入ってくる。

スーツ姿の男性は、メニューも見ずに「半ナシで」。

年配のお客さんに、お母さんが「今日はネギラーメン?」

この阿吽の呼吸が、長きに渡って街に根ざしてきた歴史を物語っている。

実際何十年と通う常連さんも少なくなく、子どもの頃に親に連れられてきた人が大人になり、子連れでくるのがうれしいとお母さんが微笑む。

二人三脚でご主人をささえてきたさち子さん。卓上にあるお手製の漬物の優しい味で、その人柄がわかる。

二人三脚でご主人をささえてきたさち子さん。卓上にあるお手製の漬物の優しい味で、その人柄がわかる。

さらに、ナシゴレンが数多くのメディアで紹介され、日本全国だけでなく遠く海外からも食べにくる人が後を絶たないとか。

「長く続けていると、楽しんでくれたお客さんは帰る時、背中に『満足』って字が浮かぶのが見える。それが一番うれしいね。この街の人たちは人情深くて、休んでもいいから無理しないで長く続けて、って言ってくれるからここまで続けられたんです」

日常に根付いた「美味しい喜び」が街に優しさを届けている。

この地に暮らす人たちが羨ましくなった。

「お客さんが喜んでくれるようにやってきただけです」と謙虚なお二人。台東区小島2-1-3 昼11:00〜15:00、夜17:00〜19:30 火・木曜の夜、土日祝休み。

「お客さんが喜んでくれるようにやってきただけです」と謙虚なお二人。台東区小島2-1-3 昼11:00〜15:00、夜17:00〜19:30 火・木曜の夜、土日祝休み。

文:宮谷 烈
写真:伊勢 新九朗