「堅苦しいイメージを払拭し、日本刀をより身近に感じてほしい」――浅草橋『長岡日本刀研磨所』で日本刀のイロハを学んできた。

今回のテーマは、〝日本刀〟。近年、アニメや漫画の影響で、日本刀に興味を持つ若者も増えています。

とはいえ、日本刀は「敷居が高い」「値段も高い」というイメージを持たれがち。かくいう我々取材陣も、日本刀に関する知識がゼロの状態でお店に飛び込みました。

いざ、めくるめく〝日本刀ワールド〟へ突入!

元カメラマン⁉︎ 大人気刀剣研師は異例の職歴の持ち主!

やってきたのは、育英小学校と目と鼻の先の場所にある『長岡日本刀研磨所』。

全面ガラス張りの現代風な外観は、日本刀が持つ〝重厚〟〝とっつきにくい〟というイメージとはまるで正反対です。

「誰にでも気軽に入ってきてほしいので、ガラス張りの路面店を選んだんです」と、にこやかに出迎えてくれたのは、お店の主であり、刀剣研師の長岡靖昌さん。

落ち着きある和の空間には、穏やかかつあたたかな雰囲気が漂っていました。

店内の奥は畳敷。あれ、この畳はもしかして……?

「畳は金井さんのところであつらえてもらっています。うちは内装もインテリアもすべてご近所さんにお願いしているので、お店全体がメイドイン浅草橋なんですよ(笑)」(長岡さん)

創業明治44年!浅草橋の老舗「金井畳店」4代目が語る伝統の家訓〝三惚れ精神〟が熱い!!

下町情緒あふれる店内には、たくさんの日本刀が。

同店は、日本刀の研磨と販売に特化した専門店。
仕上がりまで6ヶ月待ちという、東京でも指折りの人気店です。

「宅急便で送ってくる方が多いので、日本全国から依頼が来ます。店頭だけでなく奥の作業場にもご依頼品があるので、研磨のご依頼で50本以上お預かりしてます」(長岡さん)

長岡さんが刀剣研師になったのは約20年前のこと。研師になろうと思ったきっかけは、「なんとなく」だったのだとか!

「昔から刀は好きだったんです。祖父も父も日本刀が好きだったので、身近な存在ではありましたね。でも、最初に就いた仕事は製薬会社の研究員。その後10年間カメラマンとして活動し、それから刀剣技師になりました」(長岡さん)

あまりに異色すぎる経歴……。しかも長岡さんは研師になる際、技術を独学(!)で学んだのだそうです。

「もちろん、現役の研師さんに教えてもらうこともありました。でも、ある程度の技術を身につけたら、『ここからは独立して、お金をもらってやらないと上手くならないよ』と言われ、店を構えることにしたんです。実は、研師には資格や認定がありません。これはカメラマンと一緒で、自ら名乗ればその瞬間から研師になれるということ。ただその分、実力には雲泥の差があります。それに、信頼と実績がないと成り立たない商売でもあるんですよね」(長岡さん)

長岡さんは、お弟子さんにも、「社会経験は積んでおくべき」と話しています。研師に必要なのは、実力、キャリア、礼節、コミュニケーション能力。さまざまな業種を経験したことが、長岡さんの強みになっているのだと知りました。

刀剣研師の匠の技を間近で鑑賞

「刀を研いでいる様子を拝見したい!」という我々の要望に気さくに応えてくださった長岡さん。作業を開始するや否や、表情がガラリと変わりました。

「日本刀は幾重にも重なった断層のようになっています。指や泥で少しずつ研いで、日本刀の美しさを損なわないために地道な作業を延々と繰り返すんです」(長岡さん)

ちなみに、長岡さんが作業を行なう場所は〝研ぎ舟〟と呼ばれています。

「刀を研いでいる姿が舟を漕いでいるように見えるでしょ?」と長岡さん。
実際、長岡さんが刀を研いでいる姿を眺めていると、段々と舟に乗っているように見えてきたのです! ひとつひとつの名称が粋なのも、伝統文化ならでは!

なにより驚いたのが、研ぎの作業が想像以上にハードだったこと。

「塩梅を見て力加減を変えなければいけないし、ときには全体重を乗っけて研ぐこともある。実は研ぎってかなりの重労働なんです。だから真冬でもTシャツが汗でビッショリになるくらいです(笑)」(長岡さん)

「ナイフや包丁は切れ味が良くなることが大事だけど、日本刀は違います。ちゃんと研がないと、いつ、誰が作った刀なのかわからなくなってしまう。興味がない人からするとただの鉄の板かもしれないけれど、この鉄の板を100年、500年と大切に守り抜いてきた人がいるということを忘れてはならないんです。『その人たちへのリスペクトを込めながら研ぐ』。それが、私のモットーかな」(長岡さん)

刀を購入する際のポイントとは?

同店では、刀の販売も行なっています。長岡さんに、「おすすめの刀は?」と尋ねると、答えは「選べないんだよな〜みんな好きだから」。あまりに素敵な返答に、思わずほっこりしてしまいました。

「古ければいいってものでもないんです。明治や昭和の刀を見ても『きれいだな〜』と思うし、令和の刀を見ても『「カッコいいな~」』と思っちゃう。だから皆さんも、時代背景や値段だけで選ぶのではなく『あ、これが好きだ』という直感を大事にしてもらいたいですね」(長岡さん)

と、ここで長岡さんがとっておきの刀を出してくださいました。

一眼見た瞬間、取材陣は思わず、「きれい……」とうっとり。佇まいが凛としたこの刀は名刀として知られる〝虎徹〟。近藤勇も愛用したという逸品です。

そして、さらに驚いたのはこの刀のお値段。
なんと、市場では1,300万円で流通しているというではありませんか!

「刀の作者は長曽祢興里(ながそねおきさと)。初代虎徹とも称され、刀の格付けで最高位である〝最上大業物〟に認定されている江戸時代を代表する刀工です」(長岡さん)

1,300万円というプレミア価格がつく理由はほかにもあります。それが、裏面に記載されたこの文字。

「これは、『死体を3つ重ねて切れましたよ』という記録です。斬った人の名前も記されていますね。江戸時代にはこういう記載をすることが流行ったんです。最高は7つかな?」(長岡さん)

今では考えられないような歴史背景を知ることができるのも、刀の魅力であり、所持することの醍醐味でもあるようです。

「美術品、観賞用、居合……刀の用途は大きく分けてこの3つです。なかには資産価値として保持する方もいますね。一概にはいえませんが、男性は資産価値で購入される方が多く、女性はビジュアルや直感で選ぶ方が多いように感じます。入口はなんでもいいんです。まずは実際に見て、触って、そこから見識を広げていってくれたら嬉しいですね」(長岡さん)

ラフな気持ちで刀の魅力に触れてほしい

長岡さんが何度も仰ったのは、「とにかくラフな気持ちで刀を楽しんでほしい」ということでした。

お店がガラス張りの路面店であること、店内に人気アニメのフィギュアが飾られていることもその気持ちを表したもの。敷居を下げることによって、刀の魅力が一層世に広まると考えているそうです。

「刀文化の一番いけないところが、すぐに『型にはめよう』とするところです。着物文化でも『その組み合わせはおかしい』とか、『その着方は流儀に反する』とか言っちゃうでしょ? 私は『そんなことどうでもいいじゃん』って思っちゃうんです」(長岡さん)

「歴史から入ってもいいし、形から入ってもいいし、『なんかいい感じじゃん!』って気持ちから入ってもいい。堅苦しいことを言っちゃうから、若い世代が敬遠するんです。まずは気軽に刀の世界に飛び込んでください。それが、私の伝えたいことかな。お店にも気軽に遊びにきてほしいですね」(長岡さん)

マンツーマンでの研磨教室も開催!

『長岡日本刀研磨所』では、マンツーマンでの研磨教室も開催しています。
もちろん、日本刀を鑑賞しにフラリと訪れたり、長岡さんの作業を見学するだけでもOK。

「日本刀に興味がある」「伝統文化に触れてみたい」。そう思った方は、ぜひ、足を運んでみてくださいね。

「長岡日本刀研磨所」
住所:〒111-0053 東京都台東区浅草橋2丁目15-7
営業時間:10:00~18:00
※コロナ禍の影響で営業時間に変動あり
定休日:
お問い合わせ:

長岡日本刀研磨所HP

取材・文/牧 五百音
撮影/伊勢 新九朗