浅草橋駅東口を出て路地に入り、銀杏岡八幡神社の裏あたり。
多様なお店が入った3階建てビルの1階に、そこだけ日本家屋を模した入口のお店があります。
“静岡おでん”で有名な居酒屋「びんてじ」です。
この日は、特別に開店前にお時間を作っていただき、じっくりとお話をうかがいつつ、絶品のお料理を堪能してまいりました。
20年、熟成しながら愛されるお店へ
今回、インタビューさせていただいた店主の伊山高史さんは、もともと蔵前で5年ほどビジネスパーソンとして働いていました。
その後、働いた成果が客の反応となってダイレクトに感じられる仕事に就きたいという想いと、そもそも料理好きであったことから、2002年に「びんてじ」を始めるに至ったそうです。
浅草橋に開業した理由は、単純に前職のときから立ち寄る機会が多く、土地勘があったからだそうですが、そのお店も20年近く続き、今では町への愛着も強いのだとか。
それでも、「いまだに人通りが読めない」不思議な町だと苦笑いする場面も。
長年、その地で働いている人にさえ、つかみどころのなさを感じさせる面白みは、浅草橋の魅力のひとつともいえるかもしれません。
店内は広すぎず狭すぎず、木造をイメージさせる内装で、テーブル席とカウンター席があります。
客の顔ぶれも老若男女幅広く、若い女性おひとりでの方もいれば、コロナ前だと家族連れもよく見られたのだとか。
飲み放題プランや貸し切りなどをしないため、大人数での騒がしい宴会などは見られず、だからこそあらゆる層のお客様に親しまれるのでしょう。
自然と話題になった本格“静岡おでん”
「びんてじ」という店名の由来は「Vintage」から。
これには、煮込みや熟成といった時間をかけてじっくり仕上げる料理を提供する、というお店のコンセプトが込められています。
一般的なおでんと違い、出汁を毎日つぎ足して、時を経るごとに深みが増していくのが特徴の静岡おでんは、まさに「びんてじ」にぴったりの料理だったそうです。
ちなみに、この写真だと、上がこの日とったばかりの出汁。下がそれを日々つぎ足して熟成された出汁。丹精込めて作り上げてきた時間の重みが、濃い色となって表れています。
ご自身が静岡出身で、ご両親も静岡おでんのお店をされていたという伊山さん。
馴染みとこだわりのある味は、徐々にお客さんの間で認知されていき、一度も“静岡おでんの店”などと謳ったことはないにもかかわらず、ありがたいことに今では自然と代表的なメニューになったとのこと。
というわけで、さっそく我々も盛り合わせを注文。
- 和牛 牛筋
- 三日仕込み大根
- 手造り黒はんぺん
- 黒豚 白もつ
- 厚揚げ
- なると巻き
確かに一般的なおでんとはかけ離れた黒さは、視覚的にもインパクトがありますね。
「黒の魔力に魅了される!」「ちび太のおでんだ!」と、編集長・伊勢がカメラ片手に鼻息荒くしておりましたが、さっそく実食……。
いやぁ、美味しい!
そして、その色の濃さから想像するよりは、思いのほかあっさりとしていました。
「あっさり」といっても味が薄いという意味ではなく、しつこさのない濃厚な出汁の旨味が口いっぱいに広がる上品な味わいです。
一段と黒く出汁が染み込んだ「三日仕込み大根」では、それを特に感じられました。
また、おでん用のふりかけをかけて食べるというのも静岡おでんならでは。
サバ、イワシ、カツオの魚粉をお好みで適量ふりかけると、また違った風味を味わえます。
静岡ではよく練り物が食べられているらしいのですが、「なると巻き」の美味しさにも不意をつかれました。今まで食べたことのない、非常にコシのある歯応えはぜひおすすめです。
他の料理もたくさん注文しつつ、たまらず追加おでんをさせていただきました。
- ちくわぶ
- ゆでたまご
こちらもよく味が染みていて絶品。
ちなみに、静岡おでんの具には、もともと「ちくわぶ」はないとのことですが、お客さんからのリクエストがあり、出汁に影響が出ない具材なので「びんてじ」では採用しているそうです。
メニュー表の冒頭には、静岡おでんに関するわかりやすい説明が載っていますので、おでんを待っている間にでも目を通すと面白いですよ。
すべての料理が看板メニューになり得る美味しさ
話題になるのも納得の“静岡おでん”でしたが、あえて今回の記事で主張しておきたいのは“どの料理も主役級に美味しい”ということです。
・豆腐もろみ熟成漬け
口に入れた瞬間、「クリームチーズ?」と思ってしまうほど、熟成した豆腐に驚きました。クセになるしょっぱさで、おつまみとして優秀すぎる一品です。
・朝採りトマトとお豆腐のサラダ
実は、個人的にトマトはあまり得意ではないのですが、トマト特有の緑臭さや酸味がなくて美味しく食べられました。桜エビの風味とサラダが絶妙にマッチしています。
・鶏皮ポン酢みぞれ和え
大衆居酒屋で慣れ親しんだメニューですが、それらとは明らかに鶏皮の舌触りが違いました。油っぽさがなくさっぱりしていて、濃厚な味わいです。
・びんてじ流チリコンカン
今回食べた中では異色のメキシコ料理。ホクホクに煮込まれた豆が非常に美味です。ビールを飲まれる方はマストで注文してくださいね。
・黒はんぺんのフライ
黒はんぺんの定番料理で、静岡では給食の味なのだそうです。サクサクとした薄皮の衣と、はんぺんの弾力のある食感がとても合った素朴な美味しさ。
・富士宮焼きそば(温玉のせ)
言わずと知れた静岡のご当地グルメ。硬めの麺が特徴で、ソースの香ばしさに温玉のまろやかさが加わって、まさにB級グルメの王様です。
このように、おでん以外にもバラエティーに富んだメニューが用意されています。
そして、お店のコンセプトの通り、どの料理にも手間暇とこだわりが感じられて、「一番美味しかった料理は?」と聞かれれば悩み込んでしまうほど、甲乙つけ難い美味しさでした。
誰もがくつろげる飾らない“居酒屋”
お酒の人気メニューをお聞きすると、サワーやハイボールなどの炭酸系を「中」と「外」のホッピースタイルで注文できるサービスだそうです。
あれだけ手の込んでいる繊細な料理を提供していながら、「びんてじ」はあくまで“居酒屋”だと言い、堅苦しいことは好まない伊山さん。
お通しなどのチャージ料はなく、メニュー表には、「時間制もありません。写真撮影大歓迎です。」との一文が。
料理によりますが、可能であればハーフサイズに変更してほしいなどの要望も気軽に対応してくれるそうです。
料理やお酒の美味しさももちろんですが、居酒屋として、お客さんがそれぞれ思い思いに楽しみ、くつろげる空間であることを第一に考えていることが、「びんてじ」が人気店である理由に違いありません。
店舗情報
「びんてじ」
住所:東京都台東区浅草橋1-31-4 大原第3ビル 1F
営業時間:17:00〜23:00(22:00ラストオーダー/おでん完売の際は早閉めします)
※コロナ禍の影響で営業時間が変動することがあります
定休日:日曜、祝日
お問い合わせ:03-3865-7220
文:小林
撮影:伊勢 新九朗