浅草橋の巨大ビル!業界屈指の「プリンセストラヤ」はバッグのワンダーランドだった!【大人の社会科見学】

浅草橋にある会社や工場などを見学させてもらう大人の社会科見学シーズ、今回のスポットは、浅草橋の中心地に大きなビルを構える「プリンセストラヤ」。

社名を聞いただけではピンと来ない……という方も多いかもしれませんが、実は私もそのうちのひとりでした。ということで今回は、会社にお邪魔して「プリンセストラヤ」を徹底レポート! 巨大なビルの中には、知られざる魅惑の世界が広がっていましたよ♪

17ものブランドを扱う創業80年の老舗バッグメーカー

やってきたのは、浅草橋駅から徒歩3分の場所にある、一見するとなんの変哲もないオフィスビル。

外観を見ただけでは、一体どんな会社なのか皆目検討がつきません。通常 、関係者以外は入れませんが、今回は特別 に社内に入らせていただきました。

一歩足を踏み入れてみると、ビル内はファッショナブルな人たちがフロアを行き交う洗練された空間。しかも、取材時は展示会開催中ということもあり、ビル内はハイセンスな人々が集い大いに盛り上がっていました。

それもそのはず、「プリンセストラヤ」は、バッグや財布などのファッション小物を製造・卸販売する会社。しかも、創業は昭和14年と老舗中の老舗で、業界で知らぬものはいないといわれている超有名企業なのです。

会社を案内してくれた岡田さんも、幼い頃からファッションに親しんでいた方。「父がファッション関係の仕事をしていたので、僕もファッション関連の仕事に就きたいと思い、この会社に就職しました。はじめは社名のインパクトにビックリしたんですけどね笑」

創業当時の三筋トラヤ商店

岡田さん同様、私も一番はじめに驚いたのは社名。一体どんな経緯で命名されたのか、とても気になっていました。

「トラヤは、創業者が修行したお店から譲り受けた屋号。そして、プリンセスというのは、現在の上皇后・美智子さまの人気にあやかってつけられたと聞いています」

プリンセスが美智子さまのことだったとは……! 予想だにしない由来を聞いて、取材序盤からテンションが一気に跳ね上がってしまいました。

昭和30年頃社屋。現在と同じ場所にある

同社の創業は昭和14年。三筋町に前身となる「トラヤ商店」の社屋を構え、大戦を経て戦後、現在の場所へビルを新築し、社名も改め「プリンセストラヤ」として本格始動しました。

昭和40年頃の社屋。10年前に比べるとかなり大きくなった

社屋は、事業が拡大するにつれ増築。現在の社屋が完成したのは、昭和52年のことでした。

そして、現在は香港と千葉県の柏にも会社を設立。「プリンセストラヤ」は由来となった方のごとく、名実共に大発展を遂げたのです。

「親子三代で愛用しているという声をいただくこともあります。長年に渡って親しまれているのは、我が社の大きな誇りでもありますね」

現在、同社では主に17のブランドを運営。時の流れに沿い、多種多様なバッグや革小物の名品を生み出しています。

しかし、実績に反して、社名が世間に浸透していないのでは? という疑問も。不躾にも、岡田さんにその点をおうかがいしてみました。

「当社では、『うちは卸会社だ』という理念を大切にしています。餅は餅屋、ではないですけど、卸は卸、販売店さんは販売店さん・・・つまり小売りや直営店に注力せず、販売店さんを第一に考えて運営しているので、弊社が前面に出るということはあまりないんです」

商品やブランドの名前を見かけることはあっても、「プリンセストラヤ」という名前が世間一般に知られていないのは、会社理念の賜物。お話をうかがえばうかがうほど、同社の魅力を一層深く知ることができました。

手間隙を惜しまぬ、古き良き製法が息づく工房を拝見

ビルの2階は工房。今回特別に、作業する様子を見学させていただきました。

皆さん黙々と作業に励んでいますが、こわばった空気感は一切なし。工房は、無言なのにとても和やか、という不思議な雰囲気に包まれていました。

工房でつくられる製品はすべて手作業によって生み出されるもの。各パーツの裁断、 縫製、糸の切断からタグ付けまで、全行程が職人さんたちの手によって施されています。

「もう製造されていないものや海外製のマシンが多いので、こまめなメンテナンスが必要なんです」と岡田さんが説明してくれたように、工房には見たことのない機械が数多く見受けられました。

年季の入った機械はどれもピカピカ。一目見ただけで、長い月日、大切に扱われてきたことがよく分かります。

ブランドロゴの刻印も、ひとつひとつが手押し。

味わい深い名品が誕生するまでには、多くの人の想いが積み重なっているのです。

本当に無料!? 大・大・大充実の展示室は一見の価値アリ!

ここで皆さまに朗報♪ 実はビルの5階に、どなたでも入場可能のとっておきのスポットがあるのです(要予約)。

5階フロアに到着すると、まずは同社の看板商品が並ぶショールームがお目見え。ですが目的地はここではなく、フロアの少し奥。ワクワクしながら進んでいくと・・・

なんだかゴージャスな入口を発見! 看板には「袋物参考館」と見慣れぬ文字列が並んでいます!

ここは、平成元年、同社創業50周年を記念して設立された“袋物=バッグの資料館”。電話予約すればどなたでも入場OKな上に入場料無料という、超太っ腹な展示室なのです。

フロア内は、無料とは思えない充実ぶり。古今東西、あらゆるバッグや、会社にまつわる貴重な品々が展示されています。

「ちなみに、日本のハンドバッグは「袋物」と呼ばれ、まだ日本にバッグがなかった昭和初期、喫煙具(タバコ入れ)等の技術を活かして作り始めことが起源とされており、鞄(カバン)と同一視されがちですが、鞄は「箱物」と呼ばれ、その名の通り箱、収納するものを持ち運べるよう にしたことが起源とされてい ます。このように、バッグとカバンは似ておりますが、ルーツが異なるものなのです」

岡田さんの解説つきで、思わぬ豆知識を入手してしまいました!
参考館には、ほかにもたくさんのトリビアが山積。ファッション好きでなくとも、一度は足を運んでいただきたいスポットなのです。

見所満載の参考館の中でも筆者が特におすすめしたいのが、変わった素材でつくられたバッグコーナー。

ウナギ、カエル、サケ・・・中には、イグアナを丸ごと使用したインパクト抜群のバッグも展示されていました!

昔の人々の知恵に感心するとともに、どうしてこれを作ったのかな? というクエスチョンも浮かんだり・・・想像力もかき立てられる展示物満載なので、心ゆくまでご覧アレ♪

「バッグも貴重なものばかりですが、創業者が人間国宝の陶芸家・濱田庄司先生と懇意にしていた縁で、貴重な陶芸品もあちこちに展示しているんです。また、濱田庄司先生の教えを基に作られた「袋物参考館」という館名は、「濱田庄司記念益子参考館」に由来するものです」

袋物参考館は、隅から隅まで目が離せないものばかり。来訪の際は、時間に余裕を持ってお出かけすると◎です。

「これからは浅草橋との関わりも深めていきたい」

おとずれるまではわからないことだらけだった「プリンセストラヤ」。今回見学をさせてもらったことで、同社が長年愛されている理由を知ることができました。

「個人的には浅草橋の方々と仲良くさせてもらっていますが、会社としてはまだまだ関わりが浅いと感じています。なので今後は、会社と地域との関わりを深めて、街の発展にも貢献したいなと考えています」

実績と経験を培ってきた老舗の力が加われば、浅草橋はさらにパワーアップするのではないかと思いました。

公式ページ

撮影/伊勢 新九朗
取材・文/牧 五百音