[後編]伝統を守りながら進化する。 [江戸蕎麦手打處あさだ]8代目・粕谷育功さんインタビュー

「せいろそば」(700円)。水にもこだわり、蕎麦粉と合わせる水だけでなく茹でる水、洗う水にも特殊フィルターを通したイオン水を使用している。

江戸時代に庶民に広がった蕎麦は、日本の食文化を語る上で外せない。

その“本物”の魅力を安政元年の創業以来、浅草橋の地で165年に渡って伝え続けている「江戸蕎麦手打處あさだ」だ。

前編では、8代目店主・粕谷育功さんに店の歴史や歩んで来た道をうかがった。

[前編]伝統を守りながら進化する。 [江戸蕎麦手打處あさだ]8代目・粕谷育功さんインタビュー

後編では、十割蕎麦へのこだわりとその魅力、そして街への思いを紹介する。

ラグビーで鍛えた「壁を乗り越える」精神で改革

修行から戻り、それまで機械打ちだった「あさだ」の蕎麦を、全て手打ちに変えた粕谷さんの次なる目標は、つなぎを一切加えない十割蕎麦だった。

当時「あさだ」では、二八からそば粉の割合を1割増やしたいわゆる「九一(くいち)」だったが、十割蕎麦はコストがかかり、技術がないと打てず、一般的に街場の蕎麦屋では限定数で提供していることが多い。

先代からも反対されたが、粕谷さんは1ヶ月、粉の挽き方から水を入れるタイミングなど細部まで研究を重ね、誰もがイメージするぼそぼそ感が一切ない流麗な十割蕎麦が打てるようになった。

今ではすべて手打ちの十割蕎麦を提供している。

「十割蕎麦は難易度が高く、今でも緊張があるので手は抜けず、いい刺激になっています」

「壁があっても前向きに対処していくという精神は、ラグビーの経験が役に立ちました。もちろん自分の蕎麦は、常連さんを大切にしてきた先代の蕎麦があってのものですが、変えてからお客さんに『美味しくなったね』と言っていただけるのは本当にうれしいです」

風味、香り、のど越しが揃った十割蕎麦の魅力

その蕎麦をせいろでいただいた。

「せいろそば」(700円)。水にもこだわり、蕎麦粉と合わせる水だけでなく茹でる水、洗う水にも特殊フィルターを通したイオン水を使用している。

「せいろそば」(700円)。水にもこだわり、蕎麦粉と合わせる水だけでなく茹でる水、洗う水にも特殊フィルターを通したイオン水を使用している。

まずそのままでひと口。

それだけで蕎麦の香りが鼻孔をくすぐる。

つゆに半分付け、一気にすすると、キリっと醤油の効いたつゆと相まって蕎麦の香りと風味がより豊かに広がる。

十割蕎麦とは思えないなめらかなのど越しにも驚いた。

そば粉は、群馬を中心に北海道や茨城などの名産地の契約農家から最も風味の良い新蕎麦の時期に一年分仕入れ、真空保存で鮮度を維持。

それを毎日、その日の分だけ石臼で挽き、きめ細やかな粉とやや粗めの粉を独自で配合することで、香りと風味、のど越しのバランスのとれた「毎日食べても飽きない」蕎麦を実現しているという。

そのこだわりもさることながら、特注の鰹節「焼き節」を使い、今も先代が丁寧に仕立てるつゆがあるからこそ、引き立てられる。

親子の技が一体となり、ここにしかない「あさだ」の蕎麦を生み出しているのだ。

店内には先代が描いた絵が飾られている。

和食修行で培った旬の酒肴と銘酒に舌鼓

さらに、充実した一品料理も見逃せない。

出汁をきかせた「卵焼き」や最上級の鱧の焼きかまぼこを使用した「板わさ」、特製の炭入れ箱で供される上質な有明産の「焼海苔」等、定番の蕎麦前はもちろん、日替わりで四季を感じる鮮魚の刺身や旬の野菜料理、専門店顔負けの天ぷらに合鴨の赤ワイン煮といった酒徒に刺さる肴がズラリ。

エッヂの立った鮮度抜群の「刺身盛り合わせ三種」(小1800円〜)は外せない。粕谷さんは毎朝豊洲市場に赴き、旬の食材を吟味している。

「今は、常連さんに加えて、若いカップルや女性だけのグループも増えました。昼から蕎麦飲みを楽しまれる方も多いですよ」

そう話す粕谷さんは唎酒師の資格を持ち、日本酒も「磯自慢」や「黒龍」、「飛露喜」といった人気の銘柄から季節ものまで15種類以上取り揃えている。

風流な老舗で四季折々の恵みを丁寧に仕立てた肴と銘酒を楽しみながら、最後は蕎麦で〆る……。そんな粋な蕎麦吞みの魅力は、以前編集部で訪れた記事で体感してほしい。

今日は蕎麦屋で飲みませんか?創業江戸安政元年の老舗「あさだ」で酒肴を堪能。

「楽しみながら街の魅力を後世に繋いでいきたい」

現在は、近隣だけでなくわざわざ訪れるファンも多いというのも納得だが、昨年、日本中が湧いたラグビーW杯の運命のスコットランド戦の3日前、ドレッドヘアでお馴染みの堀江翔太選手が訪れ、十割蕎麦に舌鼓を打っていたとか。

堀江選手が店を出る時、満場の拍手で送られた。この3日後に、日本代表は歴史的な勝利を収める。

堀江選手が店を出る時、満場の拍手で送られた。この3日後に、日本代表は歴史的な勝利を収める。

最後に浅草橋への魅力を聞いた。

「やっぱり生まれ育った街で、子どもの頃にあったお店も沢山残っていて、お客さんを紹介してくれたり、街全体に助け合う気概が残っていると日々感じます」

そして、仕事と同じくらい思い入れがあるのが地域のとの結び付きだと続ける。

「先代が須賀神社の睦会の役員をやっていて、自分が子どもの頃にお祭りや盆踊りに行って楽しかった記憶がありありと残っています。いま私も睦会の青年部の部長を務めて7年になり、地域の方々にものすごく助けられているので、恩返しではないですが、今度は自分たちが地域の子どもたちの素敵な思い出作りを手伝えたらと思います。仕事と地域が別々ではなく両輪になっている感じですね。楽しみながら浅草橋の良さを新しい時代に紡いでいきたいです」

幼少期の頃と同じ場所で。この街で生まれ、育ち、商いをする粕谷さんは“十割浅草橋”人だ。

いま「あさだ」では、自宅や職場で楽しめるテイクアウトメニューを販売中。
20年ぶりに復活した天丼や焼き鳥丼をはじめ、十割蕎麦(※茹で蕎麦は近隣限定)や豪華な酒肴、天ぷら、刺身等の各種盛り合わせまで詳しくはテイクアウトページをチェック。

編集部で持ち帰った、蕎麦前セット。どれの料理も丁寧に仕事がされいて、酒呑みにはたまらない内容。これで4500円は破格です。

文:藤谷 良介
写真:伊勢 新九朗

【店舗情報】
江戸前手打處あさだ
住所:東京都台東区浅草橋2-29-11
営業:11:30〜14:00(L.O.)、17:30〜21:00(L.O.)
土曜11:30〜14:00(L.O.)、17:30〜20:00(L.O.)
(※緊急事態宣言発令に伴い自粛要請期間中は20:00閉店)
定休日:日曜・祝日、第1、3土曜

公式ページ