ぶらり街散策! 浅草橋にある「歴史スポット」を訪ねて……そして、街巡りイベントやります!

皆さま、はじめまして。

はじめて「浅草橋を歩く。」に寄稿させていただく山猿と申します。

今回、じつは、浅草橋を舞台にしたとあるイベントの開催のお知らせをさせていただこうと思い、筆をとらせていただきました。

イベント告知まで、しばし、山猿の戯言にお付き合いいただければ幸いです。

「浅草橋を歩く。」の読者の方は、すでに多くの浅草橋のスポットや魅力を本サイトを通じてご存知かと思います。人形屋にビーズ屋、レザーショップに雑貨屋、そして、老舗純喫茶からオシャレカフェ、さらには船宿まで……。

江戸時代から庶民の街として発展してきた浅草橋エリアには、とにかく個性豊かなスポットがたくさん!この「浅草橋を歩く。」内でも多く紹介されていますよね。

でも、実は、このサイトの中でも、まだ未開拓の浅草橋があるのをご存知でしょうか?

今回は、そんな「未知」の浅草橋を皆さまにシェアしたいと思います。

浅草橋史跡巡りラン

「未知の浅草橋」。

それはずばり、浅草橋にある史跡や寺院などの「歴史スポット」巡りです。

浅草橋に限らずですが、どこの街にも地元民ですら知らないような「知られざる歴史スポット」が意外とたくさんあります。浅草橋もその例外ではありません。

あなたは、浅草橋の歴史スポットをいくつ知っていますか?

何はともあれ、まず、お見せしておきたいのがこちらのキャプチャ。

ランナーで、且つランニングデータを取っている人にとってはよく見る画面かと思いますが、これは、今回、僕が「浅草橋史跡巡りラン」で走り回った軌跡です。

見ての通り、くねくねクネクネとだいぶ走り回りました。トータルで15㎞ぐらいでしょうか(笑)。僕としては、積極果敢に「路地攻め」をしたつもりだったのですが、まだまだ入っていない道がたくさんありますね……。

でも、普段だと大通りしか通らないような浅草橋を、(甘かったとはいえ)こんな感じで走り回ってみたら、やっぱりけっこうありました、史跡や神社。

知ってましたか?浅草橋にはこんな史跡があるんです。

大人の事情によりすべてはご紹介ができないのですが笑、今回は6カ所だけピックアップしてご紹介したいと思います。

「へー、こんなのあったんだ」と思うこと間違いなしです。

(今回ご紹介するところ以外にもまだまだあったので、是非、ほかのスポットも探してみてください)

では、早速、「未知の浅草橋」へ、あなたをご招待します。

ちなみに、場所はあえて公表しません。スポット名をググれば場所は特定できると思いますので、是非「探す」ところから楽しんでみてください(スポットの場所を調べて探して、実際に走りに行けちゃうイベント情報が最後にありますのでお楽しみに笑)。

浅草橋歴史探訪その①「篠塚稲荷神社」

創建の年代は不明。南北朝時代(1336~1392)に、新田義貞の家臣であった篠塚重広(しのづかしげひろ)という武将が、古くからこの地にあった稲荷社に祈願を続けていたことから、「篠塚稲荷」と称されるようになったそう。篠塚重広は武勇を轟かせていた人物で、新田四天王の筆頭と言われた武将。

江戸時代には一度、篠塚山玉蔵院宗林寺というお寺になったが、その後、明治維新の神仏分離令により廃寺に。さらに、その後、大正時代に寺子屋として子ども達の教育の場になったが、またもや廃校となった。そのような中、篠塚稲荷神社だけが残され、現在もこの地に鎮座している。

浅草橋歴史探訪その②「浅草見附跡」

江戸幕府開府に伴い、江戸の町づくりが進められたが、江戸城防衛のための重要拠点には「見附門」が設置された。

そのうちのひとつがこの地に設置され、浅草橋を含めこの辺りを浅草見附といった。

今も地名として残っている「赤坂見附」も同様の理由で設置されたもの。

現代の感覚だと、いわゆる「上野浅草」とは離れた場所であるのになぜ浅草がつくのかと不思議に思うが、江戸時代の浅草は現代より広範囲で、当時はこの辺りも浅草の内だったのである。

浅草橋歴史探訪その③「蓬莱園跡」

忍岡高校や柳北公園一帯は、江戸時代、肥前平戸藩松浦壱岐守の上屋敷がその昔あった。

その中に蓬莱園という回遊式庭園の名園があり、庭園だけで2400坪あったという。

寛永9年(1632)、藩主松浦隆信がつくり、造園設計は小堀遠州。

広い池には屋敷脇を流れる鳥越川から水を引いていた。大正12年の大震災でそのほとんどは壊れ埋め立てられた。

浅草橋歴史探訪その④「浅草文庫跡碑」

明治政府がつくった、今でいう図書館。大きく立派な碑は榊神社内にあるが、実際にあったのは御蔵八番堀跡で、もう少し柳橋方面である。明治7年(1874)湯島聖堂から図書を移し、浅草文庫と名づけて広く一般にも公開した。

浅草橋歴史探訪その⑤「甚内橋跡碑」

甚内橋とは、鳥越川にその昔架かっていた橋。近くに小出兵庫という人の屋敷があり、その邸内に甚内神社が祀ってあったので、橋の名にしたといわれる。

ここは、碑に関する情報は少ないのだが、なによりもその設置場所がいやらしい。建物の背景と同系色ということもあって、完全に同化している。しかも、とても小さな石碑なので、僕はこの前を3回素通りして、「絶対ここら辺なんだけどなー」と4回目でようやく見つけた。

浅草橋歴史探訪その⑥「”浅草橋”の由来」

碑とは異なるが、街の中には「旧町名由来案内」という説明プレートが地区ごとに設置されている。浅草橋の由来とは……? それは是非、この場所にいって、実際に説明を読んでみて欲しい。

以上、今回ご紹介するのは6ヶ所。

いかがでしょうか?

けっこう面白いでしょ?

ちなみに、少しでも気になったら(もしくはなんだか面白そう!と思ったら)、是非、「現地」に足を運んでみてください。そして、少しだけその場で「目を閉じて」みてください。

……。

なんでいきなり「目を閉じて」なんてことを言うのかって?

理由はこのあとに書きますので、まぁそう焦らずに。

歴史スポットを回る楽しさ

ここからは僕が感じた「歴史スポットを回る楽しさ」をお伝えします。

「目を閉じてみてください」といった理由がここにあります。

その当時に「想いを馳せる」

いきなり結論を書きます。

歴史スポット(史跡巡り)をやってみて感じた楽しさは、ずばり、それが建てられた時代に「想いを馳せること」です。

これは、もしかしたら僕が歳を食っただけなのかもしれませんが、最近は”昔”に想いを馳せると、妙に「ノスタルジック」な気持ちになります(笑)

自分の過去に想いを馳せたときなどは高確率でウルウルしてますし、今回の史跡巡りランでいっても、「昔はここはこうだった」などという史跡の由来を読むにつけ、「昔はこうだったであろう」という映像に回りの景色を切り替え、さらに「昔、そこに生きていたであろう人々」もその映像にミックスさせるのです。

そうすると妙に情景にリアリティが出てきて、やたら感動してたりします。

史跡が建てられた時代というのは、江戸だったり明治だったり昭和だったりさまざまなのですが、いずれにしても感じるのは、これらの史跡は「この場所に暮らしていた先人たちが残したもの(もしくはその時代を象徴するものとして残されたもの)」だということ。

今、自分が立っているこの場所には、何十年、何百年も前にも同じように誰かが立っていて、そこに戦いであったり暮らしであったり、何かしらの”営み”があったんだよなぁと思うと、たまにタイムスリップした気持ちになるのです。

あー、これぞノスタルジー。

魅惑の「浅草橋」を走り回るイベントやります。

ということで、実は4月に「浅草橋を歩く。」にちなんで、「浅草橋を走る。」というイベントを開催します。最後にちょっとだけこちらを告知させてください。

イベントのコンセプトはこんな感じ↓↓↓

(ただいまわたくし「ノスタルジー山猿」にバージョンアップしておりますので、エモーショナルなテイストで以下、コンセプトをお届けします笑)

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「街」。

一言で「街」といっても、いろいろな「街」があります。「街」もあれば、「町」もある。

例えその土地が「街(町)」と定義されていなかったとしても、そこにはきっと、「そこにしかない何か」がきっとあります。

それは、

「モノ」かもしれません。
「景色」かもしれません。
「人」かもしれません。

何かはわからないけれど、きっとそれらがその街(町)の「魅力」です。

何気なく過ごしている”日常”の中では見過ごしてしまう、そんな「街(町)の魅力」を再発見しながら走る。

そんな「浅草橋」を思う存分味わってみませんか?

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このイベントでは本記事でご紹介した歴史スポットに加え、エリア内にある個性的な飲食店、企業などなど、いろいろなスポットを主催者側で設定し、時間内にできるだけ多くのスポットを回ってもらう、というもの。

且つ単独で走るのではなく「チーム」で仲間と一緒に走るので、仲間と「どんなルートで回ろうか」「どのスポットを回りたいか」といったことを話し合う必要があります。上位を狙う場合は、「戦略性」も必要になります。(上位を狙わなくても十分楽しめます)

みんなで浅草橋を走り回っちゃいませんか?

以下、「浅草橋を走る。」関連URLです。ご興味ある方、是非ご覧ください。

「浅草橋を走る。」イベントページ

エントリーサイト(モシコム)

Facebookページ

ちなみに、イベントディレクターはわたくし山猿。僕がスポットを設定します。あなたはすべてを回れるか。

皆さまにお会いできるのを楽しみにしております。

※山猿についてご興味ある方は、ブログ「山猿日誌」をどうぞ。

文・写真:山猿