ラーメン業界を牽引する浅草橋「饗 くろ㐂」が “いま表現したい”味とは――

進化と深化を繰り返し、細分化が進む日本のラーメン文化の中で、孤高の存在として確固たる地位を築き上げた「饗 くろ㐂(もてなし くろき)」

前編では大将・黒木直人さんの歩みやラーメンつくりのこだわり、浅草橋への想いをうかがった。

感動できるラーメンを追求する「饗 くろ㐂」 大将・黒木直人さんインタビュー【浅草橋の粋人】

後編では、2022年に全面リニューアルされた「饗 くろ㐂」のラーメンの魅力に迫る。

※2023年10月29日(日)より、取材時にあったかつての店舗から移転して、なんと浅草橋駅前に着丼! 写真は移転前の記事のため、店内の様子は変わっていますのでご注意ください。

「本当に自分が食べたい」ラーメンにリニューアル

全国各地の生産者のもとを訪れ、旬の食材や一般的にラーメンに使用しない高級食材をふんだんに取り入れる黒木さんのラーメン作りは、当初ロジカルな考えがベースにあった。

「ラーメンは旨味の料理なので、出汁の取り方や温度、煮込む時間などを変えた複数のスープの検体を検査機関に出してデータをとり、科学的に作っていました」

自分の官能で美味しいと思ったものと数値に齟齬が生じてシフトチェンジをしたり、「売れるものを作る」という前職での教えから、オリジナリティを追求しながらも食べ手が求めている味とのバランスを考えて、試行錯誤しながら気付きを得ていったという。

そこから昨年春、右膝の靱帯を取り替える手術をし3カ月間休業していたとき、「シンプルに自分が食べたいと思うラーメンを作りたい」という思いが芽生え、7月の再開時に全メニューを刷新した。

「最近は難しく考えずに、自分の感覚を大切にしています」

「今のテーマは、“綺麗すぎない”ラーメンらしい一杯です」

といってもすべてを変えたわけではなく、ベースにあるのは黒木さんしか創れないラーメンだ。

繊細な仕事と高級食材が生み出す極上の旨味

たとえばスープは、「甲州地どり」「地鶏 丹波黒どり」「岩手鴨」、豚の背ガラ、昆布、干し椎茸、大根、トマト、香味野菜それぞれの食材に適した時間で煮込み、旨味を極限まで引き出し、そこに煮干しやあさり、鶏節、昆布などから抽出した「超濃縮」出汁と白しょうゆ、ハチミツ、魚醤などを合わせる。その中でも「岩手がも」を増やし、まろやかな甘みのある味わいにブラッシュアップした。

黒木さんは「感動できる美味しさ」のためには一切妥協せず、手間を惜しまない。

看板メニューの「塩そば」は、そのスープに天日塩、釜塩、藻塩、岩塩、湖塩といった5種類の塩をバランス良く調合したカエシを合わせ、複雑味を演出。

散りばめられた贅沢な具材も細部まで丁寧な仕事がほどこされている。ノーマルに入るチャーシューは、オーブンで焼いたスペイン産ガリシア栗豚の豚バラ、藁焼きで燻製に仕立てた国産豚の稀少な「しきんぼ」(もも肉)と国産鶏の胸肉の3種類。さらに親鳥と若鶏をミックスした鶏団子、一週間かけて戻し、和出汁で味付けした太メンマと3時間じっくり焼いたローストトマト、九条ねぎが彩る。

「塩そば」(1100円)。凛としたたたずまいの美しさも魅力だ。

食べ進め、ネギの上に添えられた生姜ねぎ餡を崩すと、ニンニクの風味がふわっと広がり表情が変わった。「味が支配されるから」これまで避けてきたニンニクを取り入れたのは、「休業中に食べた、大井町『のスた 凛』さんの一杯が衝撃的で美味しいと思ったから」だという。そして、最後は生コショウを歯で砕けば爽やかな香りの余韻があとをひく。

卓上には、パウダー状にしたニンニク、玉ねぎ、生姜と白胡椒を合わせた自家製のブレンド胡椒があり、ひとさじかけると、より塩そばの旨味が引き立つ。

卓上胡椒で味変が楽しめる。

アップデートした「醤油そば」と個性溢れる「胡椒そば」

「塩そば」と双璧をなす「醤油そば」は、小豆島の「ヤマロク醤油」「ヤマヒサ醤油」「正金醤油」の生醤油をブレンドし、お店で火入れしたカエシが深い旨味と重層的に広がる香り、甘みを作り出し鴨油がコクを加える。

その醤油の妙味を堪能しながら、チャーシューの下に忍ばせた角切りの白ねぎが顔を覗かせると新たに香り立つ仕掛けがたまらない。

チャーシュー3枚と鶏団子、鴨ロース、ワンタン、昆布出汁の味付玉子、春菊、海苔が贅沢に乗った「特製醤油そば」(1750円)。

それらのスープに合わせる麺は、日々の気温や湿度で配合を変える自家製麺だ。

福岡県「梅野製粉」「ミナミノカオリ」全粒粉を配合した細麺と岩手県府金製粉の「もち姫」小麦を使用した甘みと食感が際立つ手揉み麺の2種類から選べるのもうれしい。

手揉み麺はもちもちの食感。黒木さんはラーメン作りの中で製麺が一番楽しいとか。

また、リニューアルの際に登場した「胡椒そば」もファンが多い。

「高校時代、品川の寿司屋でアルバイトをしていたときに食べた『天華』の胡椒ラーメンをくろ㐂流に作ったものです」

使用する胡椒はカンボジア産の白、黒、熟成、生の4種類。醤油そばのスープをベースに胡椒のスパイス感、キレと合う愛知県のたまり醤油をカエシにブレンドし、専用の平打ち麺がよく絡む一杯は、がつんとしたインパクトがほとばしり、クセになる味わいだ。

脂餡と生の九条ねぎがたっぷり入った「胡椒そば」(1300円)。

ジャズセッションのように創り出す限定麺

その3種と塩、醤油から選べる「韮つけそば」を加えた4種類が現在の定番だが、くろ㐂ファンを惹きつけてやまないのが週替わりの限定麺だ。春夏秋冬の旬食材やトリュフ、鮎、サーモンといったラーメンの既成概念を覆す食材を使用した独創的な一杯は、驚くことに試作を一切せずに生み出されている。

「僕の考えでラーメンを構成するのは、スープ、麺、脂、チャーシュー、メンマ、ネギ、青菜の7つの要素。そこにたとえばメインの食材が鮭だったら、オイルも鮭でつくったり、あてはめるように置き換え、合う食材を加えそれらの要素を必ず入れるのがくろ㐂の流儀です。その定義がないとただの創作料理になるからね」

限定麺のレシピ帳を惜しげも無く見せてくれた。限定麺情報はお店の公式Twitterや「饗 くろ㐂 大将ブログ」で日々発信している。

初めて使う食材の試食はするがラーメンの試作はせず、修業時代に携わった多彩な料理ジャンルの知識や技巧、そしてラーメン職人として12年間培った経験をもとに、フリージャズのセッションのように組み立てながら作るという。

「オープン30分前に盛り付けが決まることもあるからスタッフは大変だけどね(笑)」

「今年のくろ㐂は面白くなりますよ!」

メインのラーメンは言わずもがなサイドメニューも見逃せない。

ほとんどの人が注文するという大ぶりの「名物焼売」は、板前修業時代に通った築地場内の中華料理店「やじ満」の名物から着想を得たもの。一口食べるとジューシーな肉の旨味があふれ、脳に「美味しい」というスイッチが入る。

「名物焼売」(1個180円、2個350円)はそのまま食べても美味しく、卓上の黒酢醤油を合わせればより味わい深くなる。

ほかにも、STAUBで艶やかに炊き上げた「つや姫」のごはん、大盛を廃した代わりに登場した九条ねぎソース、鴨脂と醤油に低加水細麺を合わせた2種類の「和え玉」など、一つひとつのこだわりは、食べ手の期待値を超える満足度を生み出している。

ご飯メニューの定番「鴨と地鶏のあぶら飯」(300円)これだけでも満足度が高い。

塩そば用の「和え玉 九条ねぎ」(250円)。そのまま食べもスープにいれても楽しめるのがユニーク。

黒木さんは同業者からもリスペクトされ、評論家をして「ラーメンを超えたラーメン」「ラーメンという料理を昇華させた」と評される。

それは、なにより日々自身が楽しみながら追究し続けているからだろう。

「ラーメンは一番面白くて、一番大変な料理。だからこそずっと創り続けていきたい。まだ詳しくは言えないですけど、今年はオープン当初からやりたかったことを形にするので、まだまだくろ㐂は面白くなりますよ!」

ゆるぎない自信に満ちた晴れやかな表情に、ワクワクがとまらない。

「原点回帰ではないですけど、悔いのないようにやりたかったことに挑戦していきます」

【店舗情報】
饗 くろ㐂

住所:東京都台東区浅草橋1-28-9 ※2023年10月29日よりこちらの新住所で営業中
電話:03-3863-7117
営業:月・水・金曜11:00〜15:00
火・木曜11:00〜15:00、18:00〜20:00
土曜10:30〜15:00、18:00〜20:00
定休日:日曜

取材・文:藤谷良介
写真:浅倉祐三子