浅草橋を代表する大衆酒場『西口やきとん』の串に宿った歴史とお客さんへの想い

東京のどの町でも見かける「焼きとん」は、かつて高級だった焼き鳥の代替品として戦後の闇市時代にはじまり、今では大衆酒場に欠かせない東京の食文化になった。

他聞に漏れずここ浅草橋でも焼きとん屋が点在するが、そのなかでも随一の人気を誇り、背広族の憩いの場として町内外のリピーターがひきもきらないのが『西口やきとん』だ。

1973年の創業以来、半世紀近く庶民の酒心を満たしてきた名酒場に訪れ、他にはない味と町とともに歩んできた歴史についてうかがった。

激戦区で名を馳せる酒徒たちの安息所

「おぉい! いらっしゃい!」
浅草橋駅西口を出て、秋葉原方面の一本目の路地を入ったとき、威勢の声を浴びる。
界隈で働く酒場フリークで、このがなりを聞いたことない人はいないだろう。ガード下をイメージした方はかなりのベテラン酒徒だ。
大衆酒場激戦区の浅草橋の中でもとりわけエネルギッシュで、その確かな味がローカルに愛されている「西口やきとん」は、コロナ禍でも変わらず街に活気を届けている。

お店は西口から徒歩3分の場所に。東口と西口の真ん中辺りにある「やや東口店」、秋葉原駅昭和通り口から徒歩3分の場所の「やきとん元気」は支店。

「今は早い時間から開けるようにしてますね」と教えてくれたのは、この日の焼き台を担当する北山治夫さん。この道16年のベテランだ。
平日の15時半頃、平常時ならオープン直後には常連さんですぐ埋まるという焼き台目の前の特等席に、恐縮ながらすべりこんだ。起こしはじめた炭火からたちこめる香りが酒心を刺激する。さっそくアサヒの瓶ビールと定番の焼きものひと通り、名物の皿ナンコツと塩煮込みを注文した。

創業者の大将に薫陶を受けた北山さんの串さばきは、見ているだけで酒が進む。

朝〆豚モツの驚く鮮度とライブ感を堪能

ほどなくして塩煮込みと皿ナンコツが供された。どちらも西口やきとんを代表する名物であり、ここでしか食べられない味だ。

圧力釜で1時間煮込まれた皿ナンコツは箸できれるほど柔らかく、口にいれると「おほっ」と声をあげてしまうほど、とろっとろ。今では他店でもみかけるが、15年以上前から提供しているという塩味の煮込みはあっさりしながらも野菜の出汁が滋味深く、モツの旨味がコクを加えている。

内臓肉の臭みを消すために味噌味に逃げないところが、素材への自信のあらわれだろうか。
創業時より仕入れ先は変わらず、朝〆の新鮮なモツを使用しているという。

様々な豚モツとたっぷりの野菜が楽しめる塩煮込み200円。

コラーゲンたっぷりで骨ごと食べられる皿ナンコツ200円。

続いて串焼きがどんどんカウンターに並べられる。
まずは、歯切れがよく口の中でジュワっと脂が広がるカシラ、赤身と脂のバランスのいい黒カシラ。味わいが異なる同じこめかみ肉の食べ比べが楽しく、卓上の自家製にんにく味噌をつけると最高の酒肴になる。
このにんにく味噌を目当てに通う常連さんも多く、塩煮込みに少し溶かすのがツウの食べ方だとか。

左が黒カシラ、右がカシラ。各1本100円。

歯切れのいいタンは言わずもがな、しっかりした歯ごたえのガツは噛むほどに肉を食べる喜びを感じる。ここで2杯目のレモンハイボール、通称「ボール」を追加。
ビシっとした酒の“硬さ”がたまらない。

王道のガツとタン各1本100円。

シロとレバーはタレで。臭みは一切なく、甘すぎない醤油ベースの秘伝ダレが、濃い酒に合うことこの上ない。どの串も大ぶりで、焼き加減が絶妙だ。食べ手として普段は気付かないが、西口やきとんの焼き台の前に立つと、その凄さを痛感する。

シロとレバーはタレがおすすめ。豚モツが苦手な人でもここのだけは食べられる人も少なくないとか。

「炭火の加減は日によっても、焼く場所によっても違う。目の前のお客さんとホールスタッフの四方八方から注文が入る。焼き台に立ち始めた頃はパニックでしたよ(笑)」
しかも焼き手自身が冷蔵庫から素材を出し、素焼き、若焼き、よく焼きなどのわがままオーダーも快く受け、順番に一本ずつ、最高の焼き加減まで手早く仕上げる。それがさばけるようになって、楽しくなるという。

串打ちは一本一本手仕事で、焼きやすく簡単に抜けないように波打つように打つのが西口やきとん流。箸でバラさず、粋にかぶりつきたい。

北山さんの淀みない手際を見てあらためて思うが、酒場は舞台だ。
一日とて全く同じキャスト(客)はなく、あらすじもシナリオもない、毎日がアドリブ公演。このライブ感が職人のスタイルによって変わるのも面白い。

豊富なサイドメニューと「通いたくなる」接客の妙

定番メニューもさることながら、老若男女のリピーターをひきつけてやまないのが、豊富な日替わりのオススメなどの豊富なサイドメニューだろう。この日は、箸休めに最適な梅水晶や、涼しい時季限定の「純レバ漬け」、さくさく食感が心地良いハツ刺しなど。

ぷりっぷりの純レバ漬け000円。

ハツ刺し250円

さっぱりした梅水晶200円。

小鉢のサイズ感がうれしい明太子パスタ200円。

野菜や焼売、厚焼玉子、鰯の一夜干し、鰻の肝まで「お遊び串」が約20種類も揃っているのもうれしい。サイドメニューは常連さんが飽きないように、日々若いスタッフが考案しているとか。

この日のお遊び串の炙りブリ200円。魚の美味しさにも定評がある。

日が暮れる前に続々と背広族が吸い込まれる。
その度に「おうぃ! ○○さん! ホッピー?」と名前とともに一杯目の声をかけているのが小気味いいが、それが一人や二人じゃない。ひっきりなしに訪れる常連さんと思しき客、ほぼ全員にだ。

感心していると、隣の御仁が教えてくれた。
「最初フラッと入って一杯飲みで帰ったんだけど、日をあけて再訪した時、その時頼んだお酒と食べ物を覚えててビックリしたんだよ。それ以来、一軒目は決まってここだね」

体育会系が多い若手スタッフの元気な接客が清々しい。

「コロナ前は常連さん同士仲良くなって、待ち合わせたあと、二軒目に繰り出したり、人と人の距離が近いのがこの町の魅力ですね」と北山さん。下町のこの店ならではのグルーブと日々の雑事を忘れさせてくれる活気が、激戦区で半世紀近く続く秘訣だろう。

創業者の大将が語る知られざる歴史と街への思い

そんなことを考えていたら、創業者の大将、渡辺久剛さんが来られた。
店は若いスタッフに任せているが、日々必ず顔を出すという。知られざるお店の歴史を聞いた。

「こんなに続くと思ってなかったよ」と笑う大将。

もともと、渡辺さんの家業は後楽園の印刷屋だった。長男として手伝っていたが後継を弟に譲り、知り合いを頼って大塚の焼きとん屋で2年修行し、28歳で浅草橋駅西口のガード下で独立したという。

「今もそうだけど町に問屋が多くて、当時はみんな住み込みだった。顔見知りばっかりだから、立って飲んでるのが見つかるとみっともない、飲むなら浅草か錦糸町って空気があったから、こんな場所で店やってもお客こねえぞって言われたよ」

店内にはガード下時代の写真が飾られている。

それがオープンとともに大繁盛。毎日2階席までパンパンに入り、開店から19時頃までお客さんが溢れて外が見えないくらいだった。

「駅のすぐ下で、お客さんは乗る電車がきまっているから、とにかく待たせない。間に合わせるために、お客さんの顔と名前、好きな酒とアテを覚えて、来たらすぐに出す。電車に遅れそうな時は『勘定は明日でいいよ!』って。自分は料理屋で長年修行したわけじゃないけど、我流で学んだそういうのがよかったのかな」

「大将から学んだことは本当に多いです」と北山さん。

今でも当時から通う常連さんが月に何人もいるというが、そのマインドが今も確かに受け継がれているのは、パンデミック下でも賑わう店内をみれば明らかだ。
最後に、浅草橋で続く商いについて聞いてみた。

「どうなんだろうね。いま、浅草橋は激戦区だからなかなか難しいだろうけど、うちは運がよかった。ずっと来てくれる常連さんに助けられているし、町と、お客さんたちとつくってきた店だね」

なにげない日常にささやかな喜びを届ける串の一本一本に、その思いが宿っている。

[西口やきとん]
住所:東京都台東区浅草橋4-10-2
電話:03-3864-4869
営業:16:30〜23:00、土曜〜22:00、日曜15:00〜20:00
※コロナ禍の営業時間は店舗に要確認
定休日:祝日

取材・文:藤谷 良介
撮影:伊勢 新九朗