[前編]「変わらない」人間交差点。浅草橋の純喫茶『SMELL』西出栄子さんインタビュー

「サ店」と聞いて、すぐにわかるのは昭和世代だという。

言わずもがな、喫茶店のことだが、いま時分の都会は「カフェ」が主流なんだろう。そこでは洒落た若者が、横文字のラテや趣向を凝らしたフードを運び、Wi-fiに電源、なんでも揃う。90年代に始まったカフェブームから今でも、人気店がバイトを募集すると人が殺到する。

その一方で、トラディショナルな家族経営の喫茶店は、街にひっそり息づいている。

ここ浅草橋も、かつて問屋街として賑わっていた頃、駅前に喫茶店が林立していたと聞く。

「どの会社も小さかったから、商談は必ず喫茶店。浅草橋は日本で一番喫茶店が多い街って言われてたよ」とは、かつて駅前で営んでいた『寿し政』の親方談。

[前編]街の人たちの「おいしい」のために。『江戸前 寿し政』親方 大山豊さんインタビュー

今回、その頃から今も営業を続ける『SMELL』に話を聞いた。

浅草橋駅前にひっそり佇む昭和喫茶

浅草橋駅西口を降りてすぐ、今は見かけなくなった「tea room」の看板がなんとも懐かしい。

店に入ると、カウンター席とテーブルが数卓のこぢんまりとした空間が広がる。

潔いほど無駄なものがなく、あるのは革張りの椅子と灰皿、新聞だけだ。

モーニングが終わった時間帯だからか、お客さんはテーブル席に一人。

革張りのソファ席が落ち着く。静かに流れている有線放送が懐かしい。

革張りのソファ席が落ち着く。静かに流れている有線放送が懐かしい。

「スメルって名前は、祖父が付けました。珈琲は香りが大事だからって」

そう話してくれたのは、2代目店主の西出栄子さん。

お店は、昭和30年代に両親が中央区で創業した。

そのきっかけは、父の実さんが内定していた会社の地方勤務に行きたくなかったからだと笑う。

実さんは就職を辞退し、銀座の名店『トリコロール』で修行したあと、SMELLをオープンした。

当時の場所は、銀行の裏手。出前で頑張っていたところ、馴染みの行員に紹介されて、数年後に現在の場所に移転したという。

『tea room Smell』とKEY COFFEEの四面看板が目印。

『tea room Smell』とKEY COFFEEの四面看板が目印。

「大事なのは値段じゃない。“いいもの”を大切に」

ときは高度経済成長期真っ只中。物を作れば売れる時代に、浅草橋は商売人で賑わっていた。

「小さい頃、たまに店に遊びにきていたけど、街自体に勢いがありましたね。ネクタイ屋に帽子屋、ボタン屋、レース屋、それこそ、本当になんでも。専門店だらけ。今はほとんどなくなっちゃいましたが……」

当時の店は入口に水槽があり、他の客の顔が見えないようにボックス席が中心。今はない2階には、かつて大流行したインベーダーゲームもあったという。

朝はモーニング、昼はランチで常に満席。出前の電話がしょっちゅうかかり、商談や打合せ、営業中に休憩するサラリーマンで賑わっていた。

「問屋さんに勢いがありましたからね。喫茶店の一番いい時代でした」

扉には、正月から半年間の罪や咎、穢れを祓う銀杏岡八幡神社の「夏越大祓」のお守りが飾られている。

扉には、正月から半年間の罪や咎、穢れを祓う銀杏岡八幡神社の「夏越大祓」のお守りが飾られている。

浅草橋の氏神さまをお祀りする「銀杏岡八幡神社」にお参りして、街の歴史に触れ、御朱印を頂く。

カウンターに座り話を聞いていると、コーヒーが供された。

ひと口いただくと、鼻孔をくすぐる香りと深いコク。

「そう、これだよな」と図らずも安堵する味。

まさに、“正調”の喫茶店のコーヒーは、創業当時からKEY COFEEのブレンド一筋だという。

コーヒーは一杯ずつハンドドリップで丁寧に淹れる。

コーヒーは一杯ずつハンドドリップで丁寧に淹れる。

「色んなメーカーが、うちのほうが安いからって売り込みに来るけど、替える気はなくて。値段じゃないんですよね」

語らなくても心が通う空間

テーブル席で新聞を読んでいたお客さんが、「ごちそうさん」とカウンターにコーヒー代を置く。

「いってらっしゃい」と栄子さん。

最近では、都心の喫茶店でもあまり見かけないやりとりがなんとも微笑ましい。

「常連さんはみんな決まってます。同じ時間の同じ席。あの人は奥のテーブル、この人はスポーツ新聞とサンドイッチとか。駅が目の前なのに、いっつも電車に乗り越すから『乗り越しさん』って渾名の人がいたり。昔は、お客さん同士仲良くなって忘年会とかしていましたね」

静かな時間が流れる店内。取材中も時折、ビジネスマンが休息に訪れていた。

静かな時間が流れる店内。取材中も時折、ビジネスマンが休息に訪れていた。

かつて、店を切り盛りしていた先代の実さんは、長身の洒落者で蝶ネクタイにベストのオーセンティックなスタイル。毎日「いってらっしゃい!」と清々しくお客さんを見送っていた。

「あるとき、何十年と通っていた近所の銀行の人が退職することになって、社内報のお別れの挨拶に、『あの喫茶店で毎日聞いていたあの声をもう聞けなくなるのが寂しい』って書いてくれたみたいで、それは嬉しかったですね」

名前も知らず、多くは語らなくとも心は通う。

この店は、どれだけ多くの人生のフィルムに登場したのだろう。

なんて思いを馳せていたら、コーヒーがよりおいしくなったのは気のせいだろうか。

コーヒー380円。店名に偽りはなく香り高く、タバコと合うことこの上ない。

コーヒー380円。店名に偽りはなく香り高く、タバコと合うことこの上ない。

「喫茶店で一服」の至福が店を救った

現在、店を一人で切り盛りする栄子さんは、大学を卒業して外で働いたあと、結婚出産を経て、両親と共に店を手伝うようになった。

そして、順風満帆だった店は、80年代以降のコンビニの台頭で陰りが見えてきた。

「コンビニはパンからデザート、お弁当までなんでもあるから、ランチを食べに来る人が減って。街にいっぱいあった和菓子屋やケーキ屋も、みんなやめちゃいました。喫茶店も数えるくらいしか残ってないですよね」

さらに、追い打ちをかけたのがリーマン・ショックだ。SMELLも実さん夫婦が年を重ねていたこともあり、一時は閉店を考えた。

それでも続けられたのは、愛煙家のおかげだと話す。

路上喫煙が禁止になって、一服休憩するお客さんが増え始めた。

喫煙室ではなく、どの席でもタバコが吸える空間は愛煙家にとって貴重だ。

喫煙室ではなく、どの席でもタバコが吸える空間は愛煙家にとって貴重だ。

「どこも吸えなくなっちゃったよ、なんて言いながらみんな一服しにきます。何が助けてくれるかわからないもんですよね」

そう栄子さんは笑うが、タバコが吸える喫茶店はどこにでもある。

みんな、自分の中にある“あの頃”から変わらない場を希求しているのだろう。

変わらないのは、増税後でも据え置いた価格もしかり。

「常連さんに、高くなってもいいよ、とか、値上げしないと! って怒られたりしました(笑)。でもいいんです、競争はしたくないから」

別にたいしたことはしてないわよ、といいながら静かに貫くその姿勢が、心に陽だまりのような安心感を届けている。

「はい、おまたせ」

タバコの火を消したとき、名物のサンドイッチが供された——。

(後編へ続く)

文:藤谷 良介
写真:伊勢 新九朗