【多分旨い珈琲350円】浅草橋「珈琲屋 葦」の愛すべき〝味・店・人〟を味わい尽くす

「浅草橋駅」と「鳥越神社」のちょうど真ん中あたり。

「多分旨い珈琲 350円」

という控えめな表現、かつ、堂々と太字で書かれたメニュー看板が目を引く老舗の喫茶店があります。

店主の人柄がにじみ出る絶品ランチ、珈琲とともに、いつまででもいたくなるような楽しくて居心地のいい空間を味わい尽くしてきました。

常連さんはもちろん、一見さんもきっと好きになる! 魅力たっぷりのお店、「葦」をご紹介します。

流れるように行き着いた心休まるお店

もともとは珈琲専門店でしたが、求められるがままに定食屋や居酒屋としての顔も持つようになったという「葦」。

店主の永井明さん(73)がこのお店を始めたのは1974年で、かれこれ50年近く前のこと。
大卒でサラリーマンとして働いていましたが、山登り好きがこうじて山小屋のスタッフに転身。その後は縁があって蔵前の登山用品メーカーに勤めることになったそうです。

その職場の近くに新しくできた喫茶店「葦」の珈琲が美味しかったため、お客として通っていたところ、会社を辞めたタイミングでお手伝いに誘われ、今度は店員に……! そして、当時のオーナーがご懐妊されたのをきっかけに、74年に店の権利を譲り受けて独立されたのです。

人との縁を辿るうち、運命的に始めた喫茶店業。
本人曰く、「“いい加減”の骨頂、何も考えてないから」と、明るく自嘲されていましたが、この開業までの成り行きからも、人が好きで、人に好かれる永井さんの人柄が垣間見られます。

2007年には、蔵前から今の浅草橋に移店……トータルで約50年近くずっと続けていることからも、永井さんにとって「葦」は天職なのかもしれません。

「来てくれるお客さんがいい人ばっかりで、やってて楽しいからやめられないよな~」とおっしゃられていた言葉からもそう思わずにはいられません。

お客さん思いの日替わりランチ

我々との会話の相手もしながら、手際よく用意してくださった日替わりランチ。
この日のメニューは、「鳥胸肉のピカタ」でした。

・日替わりランチ(コーヒー付き) → 800円

恥ずかしながら私、人生で初めてピカタという料理を食べたのですが、初ピカタが「葦」だったことにより、一気に好きな食べ物ランキングの上位に名を連ねることに!

さっぱりと甘じょっぱい味付けに、胸肉とは思えないジューシーで柔らかな食感は病みつきになる美味しさです。

さらには、主菜のほかにも手の込んだ小鉢が4つもついてきます。
この日は、「ナスとピーマンの味噌和え」「もやしとニンジンと酢ナムル」「冷ややっこ」「とろろ」。どれも絶品で、夏に食べたくなる味ばかり。6月頭ながら、カラッと晴れて夏日だったこの日にピッタリでした。

「いろんなもの食べないとね、健康になれないから」と永井さん。
メニュー豊富でヘルシーなので女性にもおすすめ。お味噌汁も具だくさんでごはんはおかわり自由、つまり、もちろん、男性にもおすすめです。

そんな日替わりランチは、ピカタのほかに、かつ丼や生姜焼き、豚丼、牛めしなどがあるそうです。毎日通っているお客さんもいるのも納得!

絶対旨い「多分旨い珈琲」

食後には、いよいよ看板メニューである「多分旨い珈琲」をいただきました。

ごはんもたいへん美味しかったですが、なんといっても老舗の喫茶店。美味しい珈琲に対するこだわりを聞き出したいところですが……。

「珈琲はね……豆、豆! 腕は関係ないよ」と冗談交じりに言ってのける永井さん。
「いい豆をね、たっぷり使えば美味しくなるの」との言葉通り、たっぷりのコーヒー豆にやかんでお湯を注いでいきます。その光景は、確かに豪快で繊細さには欠けるのですが、それがとにかく無性に美味しそうに見えるんです! 「野趣あふれる」とはこのことですね。

よく考えれば永井さんは、元・山岳ガイド。山男であるがゆえ、やかんでコーヒーを淹れる姿が様になるのは当然といえば当然かもしれません。

シンプルな白のカップに注がれたコーヒーをひと口すすってみると、味もシンプルでいて美味しい! コクがありつつ、すっきりと飲みやすい王道の旨さです。

飲み終えたころに、「うちはおかわり自由なの」と、まるでお冷のサービスのような感覚で注いでくれたときには、思わず笑ってしまいました。

「多分旨い」なんてとんだ謙遜。実際にはお店全体が作り出す雰囲気も相まって、「絶対旨い珈琲」でした。これで350円おかわり自由は、少し良心的すぎて心配になるほどです。

自然と人が集まる憩いの場

永井さんと常連さんの会話を聞いていると、「今日の夜は○○ちゃんが来るよ」や、「あの○○って子はいい子だね」、「○○ってやつは天才肌でさ」など、嬉しそうにお客さんの話を頻繁にされており、本当に“人”が好きな方なのだなという印象的を受けました。

お店づくりに料理、お客さんとの交流など、どれも一見適当なようで実は調和がとれており、随所にセンスを感じます。お話のなかでよくご自身のことを「いい加減だから」と評していましたが、確かに何事も自然体で“いい”加減にできてしまうのだから言い得て妙です。

そんな店主の人となりに魅かれて、「葦」にはいろいろなお客さんが集うのだと思います。周囲にはホステルなども多いため、コロナ禍以前は海外のお客さんも多かったとか。常連客が多いですが、もちろん一見さんも大歓迎とのことです。

夜の営業では馴染みのミュージシャンを招いてミニライブが開催されることも多く、喫茶店であり定食屋であり居酒屋であり、ライブハウスでもあるという「葦」。まさに、どんなお客さんも楽しく美味しくもてなそうという、永井さんの人間味が投影された素敵なお店でした。

常連さんがつくってくれたというミニチュア版「葦」。細部まで忠実に再現されていてすごい!

店舗情報

「葦」
東京都台東区浅草橋2-10-1 浅草橋ハイム
営業時間:11:30~
※ランチは食材がなくなり次第終了
※16:00~17:00は仕込み
※コロナ禍の影響で営業時間に変動あり

定休日:土曜・日曜・祝日
お問い合わせ:03-3861-4674

★駒形にも息子さんがやられている「Ashi」という定食屋・レストランがあります。そちらもぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

文:小林
撮影:伊勢 新九朗